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14 メガビタミン主義

アメリカ上院栄養学特別委員会の報告書が、自然食指向一辺倒であったわけではありません。それはビタミン・ミネラルについてもふれています。その趣旨は、ふつうの食事では、ビタミン・ミネラルが不足する、ということです。これは、いわゆるメガビタミン主義の路線をこわすものでした。メガビタミン主義と自然食主義とは、私にいわせれば正反対のものですが、この二つが同居させられているところに、委員会の弱体振りがあらわれているといわなければなりますまい。

いずれにせよ、そこには、今日のメガビタミン主義の萌芽があらわれているのです。 メガビタミン主義ということばは、コッフェルの造語ですが、それは恐らく一九七◯年代のことでしょう。しかし、その言葉がつくられるより前から、ビタミンの大量投与はおこなわれていた、とみることができます。

ハーレル夫人は、すでに一九四〇年代に、知恵おくれの子供に、各種ビタミン・ミネラルの大量投与を試みました。そして、めざましい効果を見ています。このことは、私の『頭がよくなるビタミン革命』に紹介しておきました。

恐らくその当時から、カゼの予防や治療に、ビタミンCの大量投与をやってみる医師が、あちこちにいたろうと思います。カナダのシュートのように、ビタミンE一点張りで、心臓病に取組んだ医師もいます。 メガビタミン主義が、広く世界の注目をひくようになったのは、科学界の巨星ポーリングの力だと思います。彼は、カナダの精神科医が、精神分裂患者にニコチン酸の大量投与をおこなっているのを見て、ビタミン大量投与に興味をもったと伝えられています。これは、一九六五年頃のことのようです。

私が、自分自身の白内障の対策として、また健康法として、ビタミンC、ビタミンB群の大量摂取をはじめたのも一九六一年のことですから、新しいことではありません。当時はまだ、分子生物学が世に知られていませんでしたから、メガビタミン主義の理論づけは、もっとあとになります。

例の報告書が生んだメガビタミン主義者の一人に、ミンデルがいます。彼の『ビタミンバイブル』は、世界的なベストセラーになりました。この本をお読みの方はおわかりのように、彼のメガビタミン主義は、全く経験的なもの、といっても過言ではありません。そこには、とくに理論はないのです。それは、タンパク質を強調しないことから明らか、といってよいでしょう。 ご存じのとおり、アメリカ上院栄養問題特別委員会のご報告書は矛盾にみちたものです。

なぜそうなったのかといえば、そこに理論がなかったから、といわざるをえません。栄養について、食生活について語るとき、その土台に理論がなくてはならないのです。


*この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.16」(1984年4月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。