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16 私が白内障になった理由

ここまでの話で、分子栄養学がほかの栄養学と比較して、独特なものであることが、おわかりになったと思います。そこには、ちゃんと理論もあり、実際的な方法もある、ということです。その具体的なことは、『分子栄養学の理論と実際』を見て、納得して頂きたいと思います。

分子栄養学に関する私の理論は、いくつかありますが、その最初のものは、分子生物学と無関係です。それは、私が分子生物学を知らない時期にえたものだからです。

一九六一年、私は白内障との診断をうけました。このとき私は、文献をあさって、この眼病の原因がビタミンCの不足である、と書いたものにぶつかりました。それを100パーセント信用したわけではありませんが、わたしはそれについて、いろいろと思いめぐらしました。

まず第一に考えたことは、私はなぜ白内障にならなければならなかったのか、という問題です。その問題を抱えながら、私は早速ビタミンCの注射をはじめました。注射の手数は同じことなので、五ミリリットルの注射筒に、ビタミンB群をいっしょにすることにしました。

当時、ビタミンCの薬剤は普及していません。だから、日常的にビタミンCを補給している人などは、いないはずです。それなのに私だけがそれの不足になった理由について、私は、自分がとくに大量のビタミンCを必要とする体質なのだ、と考えました。友人のK医博は、目玉の血流量がすくないのだろう、といいました。

私は、注射と平行して、目玉の体操を工夫しました。それは、血流量を増やす方法として有効なはずでした。この目玉の体操については『日常生活の健康情報』に紹介があります。その体操は、眼筋をきたえて、血管をふとくするのがねらいでした。

目玉の体操は、近視や老眼にもよいことがわかり、テレビに引っぱりだされる一幕もありました。とにかく、ビタミンCと目玉の体操とで、私の白内障が快方にむかったことは事実です。 ところで、私がとくに大量のビタミンCを必要とする体質である、という私の見解は棚あげのままでした。それについての一つの仮説を私が思いついたのは、翌一九六二年のことでした。それは、次のようなものです。

ビタミンCの持ち場はいくつもあるでしょう。その持ち場には、優先順位があるでしょう。私は、白内障になっても、壊血病にはかかっていません。そこで、抗壊血病作用が抗白内障作用に優先した、と考えることができるでしょう。ビタミンCのいくつかの作用の優先順位の点で、私の場合、抗白内障作用が、かなり下位にあるのでしょう。 それが私の考えの発端でした。


*この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.18」(1984年6月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。