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4 DNAは十人十色

私たち人間のなかまを見ると、背の高い人もあり、背の低い人もあり、デブもあり、ヤセもあります。顔についても、丸顔の人もあり、角ばった顔もあり、鼻の高い人もあり、鼻の低い人もあります。髪の色、爪の形、目の大きさ、眉毛の形と、外見上の特徴となる要素は数えきれないほどたくさんあります。

私たちはまた、この外見上の特徴が、多少とも親ゆずりであることを、よく知っています。結局、これらの要素に、遺伝がからんでいることを認めない人はいないでしょう。

ここにとりあげた問題は、外見上の個体差というものです。その個体差が遺伝子レベルのものであることを、ここではっきりしたいと思います。遺伝子は、DNAという名の分子の上にならんでいるものですから、遺伝子レベルというかわりに、DNAレベルということができます。これからあとに、DNAということばがでてきたら、それは、遺伝子の意味、遺伝子群の意味にとっていただきましょう。

十人十色という伝承があります。これは、十人の人を集めれば、からだの形も、顔の形も心のすがたも、十色になることをいっているのです。それはつまり、人間には明白な個体差があるという事実を述べたことになります。それは、人間の遺伝子が、いやDNAが、十人いれば十色だ、というのと同じことになります。

外見上にこれだけのはっきりした個体差があるというのに、からだのなかの臓器に、あるいは細胞に、個体差がなかっとしたら、おかしいものでしょう。

一昨年のことですが、私の弟が皮膚の移植手術をうけました。移植した皮膚は彼のものでしたが、もしも私の皮膚を使ったとしたら、成功の可能性は、まずありません。弟の皮膚は、色が少し黒いこと以外の点で、私のものと外見上も機能上もちがいません。しかし、その実質であるタンパク質にちがいあります。だから、移植にはむかないのです。

皮膚は親ゆずりだから、兄弟のそれは同じでよさそうなものですが、それがそうではありません。皮膚の遺伝子DNAに、ちがいがあるからです。 私の親は、私にも弟にもDNAをゆずりました。ところが、そのゆずる過程に突然変異がおきました。私がもらったDNAは、親のものを多少もじったものになっています。弟もそうですが、そのもじる形がちがうので、私と弟とで、DNAがちょっぴりちがいます。それが皮膚にあらわれたから、兄弟で皮膚の実質がちがうことになるのです。

DNAのちがいは皮膚にあらわれるだけではありません。全身にあらわれます。私のからだのどの部分も、弟に移植するわけにいかないのです。


*この文章は三石巌が会報誌「メグビーインフォメーションVol.6」(1983年6月号)に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。