星野様若木様インタビュー

笹木
10月の札幌は空気が澄んでいて肌寒いですね。今夜(2012年10月10日)は定例の勉強会がある日なのでお忙しいと思いますが、お時間を取っていただいてどうもありがとうございました。 お二人の出会いはどのようだったのでしょうか
若木
昭和54年に私たちの息子が紫斑病で札幌の天使病院に入院していたんです。息子は小1、星野さんの息子さんは年少さんでしたよね?
星野
そうまだ4歳でしたね。
その時に若木さんの息子さんと同室になったんですが、重症の子供ばかりでしたね。
若木
小さな坊やが「おばさん。ボクね、もうすぐ死ぬんだよ!」と話しかけてきたので、それはびっくりしました。
夕方お見舞いに来るのを待って「お母さん。息子さんにそんなことを話したんですか?」と聞いたのがきっかけです。
うちの子よりも幼い子がそんなことを知らない私に話すなんて、とても衝撃でした。
星野
私もそれを聞いてびっくりしましたね。病気のことを話したこともないのに、先生たちの話や、ステロイドの副作用で顔がパンパンになっていたので子供なりに、感じ取っていたのかもしれませんね。
笹木
紫斑病はいろいろなタイプがあるそうですが、病気のことはどうしてわかったのですか?
星野
保育園の保母さんに膝の色が黒くて変だから、北大病院の武田先生のところに行ったほうがいいと言われたんですよ。
その保母さんは子供さんを病気で亡くしていたらしく、子供の変化に敏感な方でしたね。
私は病気だと思ったことはなかったです。元気だし、子供だから膝をついて遊んでいるから少し黒いのかな?位にしか、感じていませんでした。
北大病院に連れて行くと言ったら、おばあちゃんもお父さんも「膝が少し黒いくらいで、大学病院に行ったら笑われるよ。」と言って相手にしてくれませんでした。
検査の結果は“突発性血小板減少性紫斑病”という難病で治癒率60%、小学校に行かれるようになるかはわからないと言われました。
治療法としては脾臓をとれば一時的には良くなるが、敗血症で亡くなる場合が多いので手術はしたくないと言われたんです。
息子はステロイドが効かないタイプだったんですね。
抗がん剤では副作用があるので、英文誌で読んだヒト免疫グロブリン治療を月に100万円を超えないように調節して貰いましたが、札幌では第1号の患者でした。
その頃、女優の野添ひとみさんのお嬢さんが同じ病気で亡くなったばかりでしたから、高くても病気が治ることならどんなことでもしようと思いました。
笹木
若木さんの息子さんも同じだったのですか?
若木
うちは難病指定ではない紫斑病でした。
腹痛の繰り返しで、原因がわからないので「お腹を開いてみましょう」と言われて悩んでいた時に、星野さんに三石先生の“ビタミンE健康法”いう本を読んでみたら。と貸していただきました。
星野
うちは難病同士の集まっているところに行けば慰めになると、かかりつけの医者からすすめられていた時だったんですよね。
だから、助かる手立てはないかと探し回ったんです。
そんな時に三石先生の本に出会ったんですねぇ。この先生に連絡してみよう!と思いました。
若木
星野さんが「うちは医者にサジを投げられたみたいだから、三石先生にかけることにした」と言ったんです。
星野
そうでしたよね。
私はストレスで声が出なくなってしまって授業(高校の理科の先生)は、マイク使用でやっていました。
でも、メグビーのヒトフード(メグビープロ、メグビーミックス)とメグビーAは良かったですね。飲み始めたらすぐにマイクはいらなくなりました。
若木
私も医者に頼ろうとは思わなかったですね。
星野
同僚が奥様の脳腫瘍の術後を心配され、三石先生に会いたい、と言ったんですね。
それで私、三石先生の本の後ろを見てご自宅に電話したんです。
「近々函館に講演に行くので、札幌に寄りましょう。」と言って下さいましたので、札幌グランドホテルに同僚と若木さんと3人で会いに行くことになりました。
若木
緊張していたんですが、庶民的でとても感動しました。
星野
三石先生は「紫斑病を治した経験はないけれど、やってみましょう!」と言って下さいました。
若木
星野さんの判断がよかったのよね!あのまま医者任せだったら辛いことになっていたでしょうね。
笹木
星野さんは4歳の子供さんにどの位の量を飲ませたんですか?
星野
食べ物は一切隠して眼に触れないようにして、三石先生のものだけを食べさせました。
とにかく、どんなことをしてでも子供を死から遠ざけたいという、一心で希望を捨てませんでした。
担当医にも相談しましたが、「効かないだろうけど、やってみたら」と言われましたね。
病院では打つ手がないんだから、そう言うしかないですよ。
弱音をはかないで、私の言うとおりに一生懸命飲んでくれた息子に感謝しかありませんでした。
息子は膝が黒くなるのが特徴の紫斑病だったので、何か飲ませても効いているか効いていないかは膝を見ていれば判断できたのがラッキーでした。
例えばニンジンジュースとか飲ませていると黒くなってくる。三石先生のものを飲ませていると膝の色が薄くなってくるといった具合でした。
笹木
今ではお元気なんですか?
星野
ええ!全く健康ですよ。結婚して幸せにやっています。
(息子さんの結婚式の写真を見せていただきました)
若木
下の息子も中2の時に、朝起きたら熱が40度もあって、急に歩けなくてトイレにも行かれなくなったんです。びっくりして家にあったプロやAやCやあるもの全部飲ませて病院に行きました。
先生は「これは普通じゃない。難病で多分膠原病でしょう」と、診断されたんです。
家に着くなり息子に「生きるか死ぬかなんだから、メグビーを飲もうね!」と話しました。「どんな量でも飲む」と言ってくれ、本当に大量に3日間飲み続けたら、歩けるようになったんですよ!しかも、4日目に診察に行ったら、何でもないと言われたんです。
笹木
それは凄いですね。そこまで子供たちがお母さんを信じて飲むって、凄いことですよね。
若木
それにまだあるのよ!
主人が定年後は今まで(小学校の教師)と違う仕事をしてみたいといって働き出してしばらくしたら普通に歩けなくなってきたんですよ。
良く話を聞いてみたら耳鳴りや寝不足で神経をやられていると思って病院にかかっていたんです。毎日出かけて行くから私は仕事に行ってるとばかり思っていたら、5箇所の病院に通っているというんですよ。
しかも、5箇所の病院からそれぞれ出されている薬を飲んでるっていうじゃないですか。これは副作用だと思ってその日に止めさせて、またまたメグビーの大量摂取ですよ!(笑)
筋肉をやわらかくする薬が出ていたのを止めたので筋肉が硬くなって、食べられない、便が出ないでお腹はカチカチ、息も苦しいし、「死にたい」としか言わなくなって・・・・
私だって本当に辛くて泣きました。
でも、1ヶ月くらいで治りましたね。メグビ-Bは特に大量に飲ませました。
私は息子たちや主人の経過を見ていて思うことは早期に短期間に大量に飲んで健康になったほうが良いと思っています。
星野
三石先生の処方はいつも少なめでしたね。(笑)
笹木
そうかもしれませんね。
メグビーをいくら飲んでも副作用はないけれど、お財布に副作用があるって言ってましたから、少なめにお話ししていたのでしょうか?
若木
この症状にはどれ位の量が必要か、見極めが大切よね!!
自分で考えなければダメですよね。
私はお金がなければ借金してでも短期間に大量に飲むことが大切だと思ってます。
だって元気になれば、借金なんて返せるんだもの。
笹木
それはどうもありがとうございます。
子供さんは今でもお飲みですか?
星野
メグビーをずっと飲んでいる息子と、飲んでいない娘と同時に風邪で高熱を出したことがあるんです。
息子はメグビーを飲むとすぐに治るのに、いつも飲んでいない娘はその時だけメグビーを飲んでも1週間もぐずぐず治らなかったんです。
それで、継続することで効果があるという事がわかりました。
そのことを体験しているので息子も娘も今でも飲んでいます。
娘は週に3~4日は朝の3時まで仕事をしているけれど、メグビーSのお陰で体調を崩すことなく働けると言っています。
遅くまで仕事をしても大丈夫なのはメグビーのお陰だと言っていますね。
笹木
自分で体感していると、メグビーの良さがわかっていただけるということでしょうか。
若木
私は毎朝ウォーキングをしているんですがヒトフードを飲まないで歩くと身体が硬いと感じますね。
それだけ老化が進んでいるんですね!
それから、心臓はいつも検査で引っかかるので、この頃はメグビーボーンを10粒とメグビーQを飲んでから検査に行くのよ。そうすればぜんぜん引っかからないの(笑)
笹木
本当にいろいろ体感してご自分で工夫して、自主管理が出来ているということだと思います。ありがとうございます。
星野
これから勉強会ですが、今日で274回になるんですよ。
笹木
もうそんなに?!
本当に長い間続いているのですね。
星野
勉強会をするようになったきっかけは息子なんです。
小さいけれどメグビーで紫斑病が治ったことは解っているものですから、新聞に病気で悩む人の記事が出ていると「どうしてお母さんは困った人のところに行ってメグビーを教えてあげないの?どうして助けてあげないの?」って、言うんですね。
お母さんはそういうことはできないから勉強会で皆さんにお話するね。と言って始めた勉強会が274回になっただけのことなんですね。
笹木
そうだったんですか。すごい息子さんですね!
本当に今日はありがとうございました。
今まで、詳しいことはお聞きしたことがなかったので、いろいろ伺えてよかったです。
星野
メグビーの製品には恩恵を受けています。
三石先生は凄いものを残してくださったと感謝していますよ。
それに、この対談はとても良い企画だと思いますよ。他の方たちのお話も読ませていただくのが楽しみです。
では、勉強会に行きましょうか!

星野 フサ 様:1941年生まれ 71歳(インタビュー時)
若木 邦子 様:1950年生まれ 62歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

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