安保様インタビュー

笹木
今日(2012年10月11日)は地域の活動でお忙しい中、お時間を作ってくださってありがとうございます。
安保さんは父に会ったのはいつ頃ですか?
安保
私が苫小牧に住んでいたときに先生の講演(1985年9月)があって聞きにいったのが最初です。
そのときに大きな“魚の目”があると阿部さん(北海道在住のお客様:インタビュー記事はこちら)に話したらビタミンAが足りないのよ。と簡単に言って、「肝油でもいいのよ。」と、決してメグビーを押し付けるようなことは一切しなかったのね。
それでかえって信用できたと思います。
肝油を飲んだけれど良くならないので、メグビーAを飲み始めたらいつの間にか消えていたのよね。だから、最初に飲み始めたのはメグビーAでしたね。
それからは、先生の“追っかけ”をしてアチコチの講演会について行きましたよ。(笑)
どこだったか講演会の後でお茶を飲んでいる時に、“遺伝子”が話題になりました。
それってどういう意味?遺伝子って何?と、もっと深く知りたくなりました。
そのときの先生のお話が忘れられなくて、どういうことか知りたくて、勉強しだしてからは、すっかり三石先生の追っかけですね。(笑)
笹木
安保さんは、長年飲んでいたステロイドからの離脱が出来たんですよね?
安保
すごいムーンフェイスになって太って、太って、着るものがないんですもの。
でも痛みがひどくて飲まないわけにはいかないですから。
笹木
私も安保さんが痛みに耐えているときを知っていますから、ステロイドを止められて本当によかったと思っています。
でもそういう人って珍しくないですか?
安保
そうだと思います。奇跡ですよね!
私の場合は病名がわかるまであちこちの病院で検査を受けましたが、いくら検査をしても病名がわからず、痛みだけはひどくて辛い時期もありました。
4つ目に行った北大で「リュウマチ性多発性筋痛症」だとやっとわかったんです。
それからはステロイド10mgを飲み続けてきました。メグビーSをたくさん飲んでいたので仕事を続けられましたけれど、同時期に発症した方たちはみんな車椅子になっていて、飲んでいるとみんなと違うんだ。と実感しましたね。しかも肝硬変も併発していましたが、その薬は一切飲まないで、財布の許す限りメグビーだけを飲もうと思ったんです。面白いことに肝硬変だったときにはビールが美味しく感じられませんでしたね。
私はヒトフード(メグビープロ、メグビーミックス)やメグビーAが不足するとダメだとわかったの。足りなくなってくると疲れて10分でも20分でも良いから横になりたくなってしまうんだけれど、ヒトフードとメグビーAを飲むと、また元気になれるんです。
メグビーは私の健康のバロメーターになってるんですね。
笹木
そう言って下さると嬉しいです。
安保
肝硬変もメグビー以外薬は飲まなかったけれど、先日の検査では最高の数値だ。と、先生に言われて嬉しかった。私が薬を飲まないで治したことは先生が証明してくれるけど、「もう少しやせた方が良いね」って。(笑)
リュウマチの方の数値も全く正常になっているんですよ!
私は三石先生に足を向けて寝られないと思っています。
笹木
太っていても健康でいることのほうが良いですよね!
安保
今年母が亡くなって、お骨を拾った時に人工骨頭のあまりの重さに恐ろしくなって、すぐにメグビーボーンを増やしてしまいました。(笑)
そうしたら、自転車で転んで半月板が損傷して痛かった膝が、すっかり治ってぜんぜん痛くなくなったのよ。嬉しくて!
笹木
それは良かったですね。
メグビーを飲んでいると、気がつかないうちに症状が消えているってことをお聞きすることがよくあるんですよ。
安保
それから三石先生は「90歳まで寝たきりで歳を取るのは嫌でしょ?」って、よく言ってましたよ。
これからは、余計なもの買わないでメグビーを飲まなくちゃね。(笑)
笹木
よろしくお願いします!!
今日はありがとうございました。

安保 玲子 様:1946年生まれ 66歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

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