村瀬様インタビュー

笹木
今日は広島から東京の講演会(2013年4月13日)にご出席いただきどうもありがとうございました。
参加者名簿の中に村瀬さんのお名前を見つけて、懐かしくて早速ご連絡をしてしまいました。
ちょうど15年ぶりにお目にかかったことになりますね!
本当にお久しぶりです。
村瀬
勉強から随分離れていたので、もう一度勉強したいと思って申し込みました。
笹木
宿泊研修でいつもご一緒でしたから、とても懐かしいです。あれから30年ですから、私たちも随分若かったんですね(笑)
村瀬
本当についこの間のような気がしますねぇ。
子供たちは小学生だったのに同じ年頃の孫が居るわけですから・・・
笹木
村瀬さんはメグビーの最初からのお客様なんですよ!
まず初めに父との出会いを話していただけますか?
村瀬
先生の「ビタミンE健康法」(講談社1976年発刊)「ビタミンC健康法」(講談社1977年発刊)を本屋で見つけましてね。
本を探すきっかけは家内なんです。35年位前から筋無力症やひどい頭痛に悩まされていましたので、何か解決法がないかと本を探し回っていたんですね。そんな時に、先生の本に出会ったんです。
病名も付かなかった病気なんですが、医者は物理療法をやってました。
先生の本は読んだら明解で、これで救われるぞ!という感じがしたんですよ。
早速先生にお電話してしまいました。
それで、先生のお宅に伺っていろいろお話をしました。
家内はひどい頭痛だったんですが、改善されてとても喜んでいますよ。
笹木
その時私も同席していたのを覚えていらっしゃいます?
そこで、メグビードリンクの話が出たんですよね?
村瀬
そうでしたね。
初めて先生にお目にかかったときに子供が飲めるビタミンBのドリンク剤のような製品が欲しいと話したんです。
提案はしましたが、まさか製品にしてくださるとは思っていませんでした。
メグビードリンクが出来た時には、正直ビックリしました。
軽く言ったつもりだったものですから・・・
笹木
液体では輸送が大変なので、粉のもので考えてみましょう。と、父が言ったように記憶しているんですが・・・
村瀬
そうでしたね。
笹木
ビタミンB以外の内容についてはどんな提案をなさったんですか?
村瀬
いや、それだけです。私は何も知識はありませんでしたからね。
笹木
創立30年になったので、講演会年表を書き出してみたんです。
その時に、スカラー通信(“にゅーす あらかると”の前の通信物)の行事日程を見たら、一番最初の講演会が村瀬さん主催で1982年9月14日に広島県呉市の折本マリンビルでした。
でも演題は解らなかったんですが、覚えていらっしゃいます?
翌年の5月14日の講演会では“学習の分子栄養学”の演題で話しているんです。
村瀬
そうでしたね。演題はちょっと・・・・
でも、DNAの話を一番覚えています。DNAなんて初めて聞きましたから・・・
笹木
そうですよね。今では当たり前になってますけれど、私もDNAと言う言葉に、とても興味を持ちました。
村瀬
その後日本平の宿泊研修会(1984年3月)には子供たちを連れて家族全員で参加しました。
笹木
その時に奥様にもお目にかかっているんですよね?
当時は私たちと同年代の方が多かったので、子供連れで参加する方が多かったですね。
村瀬さんの一番上のお嬢さんが年が離れていて大きかったので、子供たちの面倒を見てくださって、動物園にも連れて行っていただいたと記憶しています。
村瀬
その後何回か研修会に参加した後、山中湖の宿泊研修会に参加したんですね。
大恥かいたんで、山中湖が一番覚えているんです。(笑)
笹木
えっ!何かありましたっけ?
村瀬
研修会の1ヶ月ほど前に先生から電話があって、大学で何を勉強しましたか?
と言われたので、「かじったのはペスタロッチ(スイスの教育実践家)です。」と答えたんです。
そしたら、「研修会で勉強したことを少し話してみませんか?」と言われたんですね。
話し終ったら、先生が拍手をしながら「お粗末でした。」と言われたときにはショックでしたね。
笹木
知りませんでした。みんなに聞こえないように小さな声だったんですよね?それは失礼ですよねぇ。申し訳ありませんでした。
村瀬
いやぁ~
本当にお粗末でしたよ。でも、楽しかったですね。
僕にとっては忘れられない思い出ですね。
笹木
それは失礼ですよねぇ。申し訳ないわ。
当時は参加した方たちが勉強したことを講義しましたね。ドイツからの参加もあって
あの頃は、本当に賑やかでしたね。
勉強することが楽しくて仕方がない。と言う方たちばかりで、講義も夜遅くまで聴いて、その後も、またみんなで話し合ったり、ギターに合わせて歌ったり、懐かしいですね。
年に2回の宿泊研修を皆さん楽しみにしてくださって、同じことを学ぶ仲間がいる喜びみたいなものがありましたね。
村瀬
先生の本を読む前に杉靖三郎さんのビミンEを摂ることによって健康レベルがあがったと言うような本を読んだんですが、フ~ン!で終わってしまったんですね。
でも、先生の「ビタミンE健康法」を読んだ時に、ビビッ!と来るものがあったんですね。
「ビタミンE健康法」と「ビタミンC健康法」を続けて読んだことで、理解が深まってよかったんだと思いますね。
8月の箱根の夏の大学(宿泊研修の名称)の時に先生と廊下を歩きながら「ビタミンE健康法」について質問をしたんですね。その時の対応が楽しくて、先生に引き込まれていきました。メグビーを飲んで健康レベルを上げたらみんなが幸せになるだろうから、皆さんに薦めたいと思ったんです。
呉市歯科医師会館での講演会に参加した高校生が野球部のキャップテンだったんですが、膝軟骨が擦り減って歩けなくなった。と、先生に相談をしたんです。
先生のおっしゃるとおりにメグビーを飲んで2ヶ月で歩けるようになりましたよ。
そのことは勉強会のときに皆さんに話しました。
笹木
皆さんに喜んでいただけると嬉しいですよね。
村瀬
そうですねぇ。
他には突発性難聴になった方がいて、先生にすぐに電話で相談したんですよ。
そうしたら、造影剤を注射してもらうようにと言われ、知り合いの病院に頼みましたが、医者は効くはずはないけど・・・と言いながら、それでも注射をしてくれましてね。
効きましたよ!本当に治ったんですよ。
僕の良く知っている医者でしたが医者もびっくりしてましたよ。
笹木
そうでしたね。ベンゼン核にヨードの入っている造影剤が何とかって言ってましたね。
それからは突発性難聴の方のご相談では、話していました。
創業当初からお飲みいただいている方たちはご高齢になられていますけれど、村瀬さんは幾つから飲まれています?
村瀬
僕は早かったですね。39歳の時からです。
笹木
お互い若かったんですね!
広島から今日いらしてお疲れのところ、いろいろな父の思い出を聞かせていただき、どうもありがとうございました。
久しぶりにお目にかかれて嬉しかったです!!
ではまた明日、講演会場でお目にかかれますね!

村瀬 友二郎 様:1943年生まれ 70歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

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