清水様インタビュー

私が清水さんに初めてお会いしたのは、ご主人と息子さんと3人で、無事に手術(胸腺摘出)が終った、と父に報告にいらした時だと記憶しています。
 また、宿泊研修でお隣に座った時に、右手でノートを取りながら左手でラインマーカーを引いている姿がとても前向きで印象的でした。
 あれから28年。清水さんはとても若々しくお元気で、意欲的に夢を語ってくださいました。

笹木
こんにちは。
今年は、何度かお話しする機会がありましたね。
偶然、道でお目にかかったときにはビックリしましたけれど、考えてみれば清水さんのお宅の近くでしたものね(笑)
清水
11月から家事代行をしているんですよ。あの時もその帰りでした。
笹木
清水さんのホームページは見たことがあるんですが、今話題の収納でしたよね?
清水
そう、それもしています。“物”にそれぞれ住所を決めてきちんとそこに戻すことを、一緒に考えたりしています。
メグビーの箱は白くて綺麗だから、引き出しの高さにカットすると整理にとっても便利なの。Qやミネラルの小さいのはアクセサリーの仕分けに使うといいですよ。
笹木
私も早速利用してみます!
清水
明治乳業の広告で筋肉を使った後、2時間以内にタンパク質をとろう!という広告を見たんですよ。牛乳を飲めという広告なんですけどね(笑)
それを見てからは喉が渇いたらお茶ではなくて、牛乳や豆乳を飲むようにしたんです。今年の夏は暑かったから、一日に2パックか3パック飲んだかしら。プロテインはもちろんいつもどおりに飲んだ上で、牛乳をプラスしたんです。
肉体労働だから仕事から帰るとお腹がペコペコで、夕食を作りながらつまみ食いをしたり、ものすごい量を食べていたのに、お腹がすかなくなったんです(笑)
結局ダイエットになって、痩せられたのよ!!
それに、この猛暑の夏、仕事を乗り切れたことが自信につながりましたね。
今でも定期的に検査に行くんですけれど、数値は悪いのよ。だって血小板だって普通の人の10分の1位しかないしね。
先生には脾臓を取った方が良いって、言われるけど、手術は絶対にしないわ。
紫斑病の対談(にゅーすあ・ら・か・る・とNo.290)を読んで私と同じだって思ったの。
笹木
えっ!紫斑病?筋無力症じゃなかった?
清水
実はあれから紫斑病にもなってるの。
笹木
話が前後してしまうけれど、父との出会いからお聞きした方が良いですよね(笑)
清水さんのお義母様とは父の自宅の勉強会でご一緒でしたが、勉強会に出席したきっかけは?
清水
義父が無熱性肺炎になった時に、「熱は出ないけれど、仕事をやめてストレスを無くすしかないです。」と医師に言われて会社を経営していたんですけれど辞めて治療に専念したんです。そんな時に、整体の先生から三石先生を紹介していただいたんですね。
でも義母はサプリメントが何かもわからなくて「これが身体に悪かったらどうしょう。」と言いながら、父だけに飲ませるのは心配だからと、二人で同じ量を飲んでましたよ(笑)
先生の処方どおりに飲んで、1年後の血液検査ではまったく正常になってました。
その後も両親は飲み続け、義母は勉強会に出席するようになったんです。
笹木
とても熱心でしたよね。勉強会の日にご主人と息子さんと3人でいらして、父と話していたのを覚えていますよ。
その時、お義母様から筋無力症ではないかと気がついたのは、ここで勉強していたお陰だと、父に話してたのを覚えています。
清水
義母は美容院をやってまして、住み込みの若い人に比べて私(25歳)の体力が無いのが気になっていたようです。
8時か9時には疲れて起きていられなかったけれど、子育て中だし当たり前としか思ってなかったの。
その頃、お友達の結婚式があるので実家に帰ることになった時に、義母に「ちょうど良い機会だから大きい病院に行って検査をしてきたら?」って、言われたんですよ。
ずっと、気にしてくれていたみたいです。
笹木
その頃の体調はどんなでしたか?
清水
夕方になると目を開いているのが辛いし、何か食べても手で口を押さえないとこぼれたりしてましたよね。
検査に行ったら、すぐに重症筋無力症だと診断されました。そう、“重症”が付いたんですね。この病気は長くかかるから近い病院の方が良いということで紹介状を書いて頂き、すぐに診察に行き手術は1ヵ月後に決まりました。
28歳の時です。
笹木
それで父のところに?
清水
そうです。三石先生は「亜鉛不足ですね。手術の必要はありませんよ。」と。
でも、主人も私も先生にはじめて会ったわけですし、手術の日は決まっていたのでやめようとは思いませんでした。
手術までの1ヶ月ヒトフード、A、Eなど大量に飲んだら、手術の前にはすっかり症状はなくなりました。
胸腺が肥大していたのを取ったんですが、10日で退院できたのは、体力があったからですよね。
飲み始めて丸5年経った時には、若いときより元気になったんです。若い時はしょっちゅう貧血をおこしていたし、夜は8時9時には寝ていたんですけど、徹夜が初めて出来たんですよ!
笹木
その時に父が亜鉛不足だと言っていたので、(新発売の)メグビーミネラルが良いって道で会った時にも、言ってらしたんですね?
先日もお友達に勧めてましたものね。
清水
彼女は、今でも1日おきにステロイド60ミリを飲んでます。20年以上ステロイドを大量に飲んでいても全然副作用がでないのはメグビーを飲んでいるからだって言ってますよ。
笹木
60ミリってすごい量だと思うんですけれど・・・
清水
「重症筋無力症 友の会」っていうのがあるんです。私はこんなに元気なので同病の方の力になりたくて、ずっとお手伝いをしているんですけれど、あの方もそこで知り合ったんです。友の会では60ミリ飲んでいる人が結構いますよ。
私は全く(ステロイドを)飲まないでこんなに元気ですけれど、その分大量にメグビーは飲んでます(笑)
笹木
ステロイドを飲まないのに、症状が出ないって凄いことですよね?
全くステロイドを飲まなくなったという方は少ないわけでしょ?
清水
そうですね。
そのあと、閉経の頃に体調を崩しましてね。
自分では更年期かな?と思っていたら病気だったんです(笑)。これも自己免疫病。
紫斑病になったんです。
友の会のお友達が入院したのでお見舞いに行った帰りに、たまたま献血車がいたので献血をしようとしたら検査ではねられたんです。何回も検査して、血液内科に行くように薦められたんですね。
その結果、紫斑病が見つかったんです。
この目の赤いのも2、3日で消えるんですけど、紫斑病のせいなんです。ほら、手にもいくつか痣があるでしょ?
笹木
免疫病を二つも抱えてしまったんですね。
清水
私の場合は自分で自分の血小板を壊してしまうということなんです。
でも、壊したらその分作ればいいわけですからね。
血小板も普通の方の10分の1位しかないんですよ。だから、お医者様には脾臓を取りましょう、と言われます。
笹木
脾臓を取ればいいわけですか?
清水
だめですよね。
でもね、私は病気では死なないって思っているの。寿命で死ぬと、思っているのでやりたいことをして死にたいわ。
三石理論があれば押し返す力があるから大丈夫(笑)私とメグビーとの出会いは健康食品との出会いじゃなくて、考え方なんですもの。
先生に「人の灰皿になるな。」って言われたことがあるんです。
笹木
灰皿になるな??
清水
ええ。哲学的なことだと思うんですけれど、灰皿はタバコを吸う人にとっては必要だけれど、吸わない人には何の価値もないわけですよね。
先生は良く「対自存在」「対他存在」の話(サルトルの哲学論)をなさったけれど、対他存在にはなるな、ということだと私は理解しています。それと、「学習者として生きるべし」を、実践したいと思っています。
笹木
その力が今の仕事にも活かされているんでしょうね。
清水
最近ママ友と久しぶりに集まった時に、今の若いお母さんたちは頭が良くても家事が出来ない人が多いから、お料理とか片付けとか母親が教えるような家事一般を教えることをしたい、と話したのよ。
今の若い人たちは私のような第三者には聞くけれど、親や姑には聞かないし相談しないで、ネットで調べるんですね!
でも、ネットの調理法を見ても言葉がわからなくて作れないんですよ。
ママ友たちには口をそろえて、「私たちが今考えることは、これから何をしよう。じゃなくて、老後をどうやって過ごすか。じゃないの?!」と、言われてしまって(笑)
笹木
身体や頭が働くうちはいろいろ夢を持って行動したいですよね。
父がメグビーを創立したのは80歳ですもの(笑)
清水
放射線の問題も先生ならなんと言うだろうか?とか、最近の気象も先生が言っていたとおりになってきているけれど、今ならどのように言うのかな?
なんて、考えますよね。
笹木
確かに父の言っていたように気候が変化してきていますね。以前、そのようなメールを頂いたことがありましたよね?
清水
私は三石先生に基本的なことを教えていただきました。
身体はブラックボックスだけれど、二重らせんの材料のアミノ酸やビタミン、ミネラルをとっていれば、自分の遺伝子はちゃんと働いてくれると確信になるわけですよね。
使ったら食べる。使ったら食べる(笑)・・・単純なのよ。
だから私には、メグビーの大量投与はかかせませんね。
外でお腹がすいた時には何を食べようかな?と、選ぶより、メニューを見たらどれが、プロテインスコアが高いかな?と考えて食べるようにしていますもの。
うどんよりもお蕎麦、そして温泉卵。っていう感じです。
笹木
すごいですね!!父のうちの勉強会はいつごろからの参加でしたっけ?
清水
義母と入れ違いで「分子栄養学序説」の講座がスタートした時からですね。
息子はひどいアトピーで断食をしたり、いろいろ試しても良くならなかったんです。
手袋はさせたんですけど、無意識に掻くから、毎晩枕は血で真っ赤でしたね。
でも、メグビーに出会った4歳ごろから、メグビーボーン(当初は顆粒状)を潰したメグビーAで練って、夜寝る前にドリンクと一緒に飲ませ、チャンプはいつも持ち歩いて飲ませてました。
チャンプはタブレットだし、おいしそうに喜んで食べましたよ。
あの頃はSはまだなかったんです。メグビーSを飲んだらもっと早く良くなったと思いますね。
給食が食べられなくては困ると思って、入学前には1年かけて普通食が食べられるようにしました。
笹木
入学前に治ってよかったですね!!給食が食べられないと親子ともに大変ですものね。
でも、ボーンをAでといたら、すごい味でまずかったでしょうに、よく飲んでくれましたね。お母さんの努力もすごいけれど、息子さんも偉いわ。
清水
だって、こっちだって必死ですもの。抑えて無理やりにでも口に入れて飲ませましたよ(笑)
Aだって、カプセルに入っているから私たち飲めるんですものね。確かにうちの息子、本当に偉かったですね(笑)
いろいろ助けられて、三石先生と出会えたことは私の人生の財産です。
笹木
そう言っていただけると、とても嬉しいです!
今日はありがとうございました。

清水 晴恵 様:1957年生まれ 56歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

インタビュー一覧に戻る