山仲様インタビュー

10月になっても真夏のように気温の高い日が続き、今日も29.6度と真夏日です。
山仲さんは北海道酪農大学の山下勝先生の姪御さんです。
山下先生には北海道での講演会では、いつも司会をしていただいていました。

笹木
今日は例年に無い暑さのなか、来ていただいてありがとうございました。
大丈夫でしたか?
山仲
車の移動ばかりで、今まで電車に乗ったことは無かったから、どこに行くのも大変なの。どの電車に乗ればいいのか、どこで乗り換えるのか、エレベーターはどこにあるのかが判らないんですもの(笑)
一度転んでからは、怖くてエスカレーターも乗れないのよ。
笹木
暑いし、ここに来るまでに疲れてしまいましたよね。お疲れ様でした。
早速ですが、山仲さんがメグビーを知ったのは、山下先生のご紹介ですか?
山仲
それが偶然、叔父(山下先生)の長女が一人でヨーロッパに行った時、飛行機の中で具合が悪くなってね。
三石先生はメグビーの方たちとフランスかどこかにいらしたことがあるでしょ?
笹木
私は行っていないんですけれど、フランスで講演をした時のことだと思います。
(補足:1984年7月にパリとぺリグーで講演。演題は「分子栄養学について」)
山仲
多分その時ね。
偶然、先生がお隣の席で介抱してくださって、栄養の話を聞いて、札幌で講演をするので、良かったら聞きに来ないかと、言われたんですって。
行きたいけど、都合がつかないので、父親に自分の代わりに聞きに言って欲しいと頼んだんですね。叔父は三石先生にすっかり傾倒してしまって、いい話だから一緒に聞きに行かないかと今度は私が誘われたんです。叔父と一緒に明治記念館の講演会に行ったのが最初なのよ。
叔父は北海道で聞いて、よかったからまた聞きたいと上京してきたんですよ!
笹木
山下先生も汽車で隣に座った方にメグビーの話をしたら、飲むようになった。と言ってらしたことがありますけれど、父にもそんなことがあったんですね。
それにしてもすごい偶然ですよね!
山仲
そうなの。従妹の具合が悪くならなかったら、私は三石先生を今でも知らなかったと思うのよ。
九段の私学会館での宿泊研修(1988年8月)が、初めて参加した宿泊研修でね、その時、隣の席がTさんで「私初めての参加なんですよ。活性酸素って、いい酸素かと思っていたのにね。」と、話しかけられたのよ。
(補足:半田所長の講演は「活性酸素を学ぶ」でした。)
笹木
活性酸素なんて、みんな知りませんでしたものね。
山仲
私は26歳の時に足に腫瘍ができて、検査したら良性だったのでその部分だけをとったんですけど、5年位したら膝から足の付け根まで石のようにコチコチになってしまったんです。
昭和31年に9時間かかって、しこりを全部取る手術をしたのに、1年後にはまた同じ状態になってしまったんです。
放射線治療も当時はコバルトかレントゲンの照射しかなくて私はレントゲンを当てましたけれど、そのために骨がものすごく弱くなって骨折してしまうわけです。
笹木
とても辛い思いをされたんですね。しかも、ガンではなく、良性だったのに状態が悪くなって病院に行ったわけですね?
山仲
放っておけばガンになると言われ、放射線治療を受けたんです。腫瘍は無くなりましたけれど、潰瘍が出来て治らなくて・・・・
そんな状態なので仕事をやめて、お花の先生をするようになったんです。
笹木
そうでしたよね。お花を教えているとお聞きしてました。それと、編み物も、よくご自分で編んだセーターを着ていらっしゃいましたね。
山仲
そう。特別な編み方でね。
そうこうしているうちに骨髄炎になって抵抗力が無くなり、菌が身体中に回ってしまって入院したんです。
切断はしたくなかったのですが、そうはいきませんでしたね。少しでも足が残っていれば義足も扱いやすいと思うんですが、全く無いわけなので歩けるようになるまでに8ヶ月かかりました。
笹木
大変な手術で、リハビリも辛かったですね。
何歳ごろだったんですか?
山仲
52歳でした。先生に運転免許を取れば行動範囲が広がるからと、勧められて障害者の教習場に通って、何度も挫折しましたけれど、54歳で免許取得です!
笹木
北海道の山下先生のところまで車で行ったり、姪御さんの居るプロバンスに行ったりして、行動的でしたよね。
山仲
そう、手術後も随分旅行しましたね。
C型肝炎にもなりましたけれど60代には、自分のやりたいことは何でもできましたよ。
でもね。手術の時には親兄弟は健在でしたが、いずれは一人になるわけでしょ?
自分で何でもするには健康でいなくてはいけない。その為には栄養のことも考えなくてはいけない。と、思っていた時に三石先生に出会って「老化に挑戦せよ」を最初に読みました。
講演会や宿泊研修だけで無く、ご自宅の勉強会にも参加させていただいていました。
それで、若いときからの低血圧は何とかならないかと先生に相談したら、タンパク不足だと言われましたよ。
メグビープロを3箱飲み終えた頃には最高血圧が85を超えることが無かったのに110になり、それからは欠かさず飲んでいますね。
笹木
山仲さんは他社のプロテインを飲んでいたことがあるけれど、メグビープロは飲みやすい!と言ってくださったことがあるんですよ。
山仲
そうでしたっけ(笑)
70代になって右手中指の関節が痛くなって病院に行ったら、リューマチを疑われたんです。新薬のリマチルを試したらGOP、GPTの値が高くなって身体はだるくてしかたないし、帯状疱疹はできるし、とにかく免疫力が低下してしまって、風邪ばかり引くしおかしいということになって検査入院したんですよ。
糖尿病の疑いがあるからとインターフェロンの治療を勧められましたけど、考えさせて欲しいと言って断りました。
笹木
しばらくメグビーを飲むのをやめていた時期がありましたよね?ちょうどその頃かしら?
山仲
そうね。医者にはプロテインをやめるように言われたのよ。でも、飲まないと元気が出なくなるんですよ。だから今でも飲み続けています(笑)
何日かプロテインを飲まないと元気が出なくなるけれど、飲めばまた元気になりますから、ありがたいですね!
義足だと床の掃除が出来ないので、ヘルパーさんに週2回床掃除とトイレ掃除をお願いしていますけれど、あとは自分でしています。
笹木
不自由なことが多くて大変だと思いますけれど、これからも健康第一で頑張ってくださいね!
今日はどうもありがとうございました。

山仲 淑子 様:1927年生まれ 86歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

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