井手様インタビュー

井手先生は高校の物理の先生で分子栄養学の勉強会を平成元年から、数箇所で開催されています。
今日は藤沢にある井手先生のお部屋に伺いました。ご自宅の隣のマンションで勉強会をしたり、本を読んだり、原稿を書いたり、囲碁を楽しんだりする場所だそうですが、窓からの眺めがよくとても快適な空間で、お話を伺いました。

笹木
お久しぶりです。急に寒くなりましたね。
早速ですが、今日は対談ということで、父との出会いからお話いただけますか?
井手
私は若いときから血圧が高かったので、自分でどうにかできないかと思って、銀座に行った時に本屋に行ったんですよ。
目に入った本が『ビタミンC健康法』三石巌と書いてあったので、物理の三石先生と同姓同名の栄養学者だと思ってパスしたんですよ。
まさか、三石先生だと思わないで他の本ばかり探したんです。
他の人の書いた本を何冊か読みましたよ。でもピンと来ないので気になっていた『ビタミンC健康法』を手にとってみたんですよ。とても科学的に書いてあったので、どんな人が書いたんだろう?と思って巻末を調べたら、物理学のあの三石先生が書かれたものじゃないですか。早速買って帰りの湘南電車の中で読んだんです。
笹木
そうだったんですか。父の名前は前から、ご存知だったんですね?
井手
そうですね。先生の著書で知っていましたからね。
三石先生は良い本を書く先生として物理をやっている人はみんな知っていましたよ。
その後、続けて『ビタミンE健康法』『高タンパク健康法』の講談社のシリーズ3冊を読みました。その3冊が出発点です。
私は降圧剤が出ない程度の高血圧なので、何か良い方法がないかと思って探していたんですよ。血管を強くするにはビタミンCがいいと書いてあったので、アスコルビン酸を買って飲み始めました。
笹木
早速、実行なさったわけですね。
井手
実家が博多なんですけれど、帰省時、新聞広告に“粉末タンパク”が載っていて、三石巌と書いてあったので、東京の住所をメモして、帰京してからそこへ行って買ったんですよ。
その帰りにビタミンばっかり扱っている店があったんですね。
覗いてみたら、タンパク質があって、手に取ったらメガビタミン協会(現:三石理論研究所)と書いてあったんですよ。それで、そこでも1本買ったんです。
笹木
でも、メガビタミン協会が三石巌とイコールだとは思ってないわけですよね?
井手
知りませんでした。すぐにメガビタミン協会に電話してプロテインがあるかどうか聞いたんです。
買えるというので、訪ねていったら他のビタミンもあったんで、何種類か買って飲むようになったのが最初です。
笹木
何年前になるんでしょうかねぇ。
井手
相当前ですよね。 そこで、三石先生の講演会がありますよ。と言われたんです。明治記念館でしたね。で、行ったんです。
それが、僕が三石先生の講演を聞いたスタートでしたね。相当古い話ですよ。
この時から、三石先生の著作を読み続けました。さらに先生が参考にされた資料も読みましたよ。
笹木
何時も講演会には来てくださってましたね?
井手
そうですね。仕事が重ならない限りは行ってました。
先生のお名前はずっと前から知っていたので、スーっと入っていかれましたね。
笹木
血圧は変化しましたか?
井手
いや。下がりはしません。(笑)
高くなっても破れないような丈夫な血管を作ればいいと先生も仰ってましたからね。
笹木
下げるということから、血管を丈夫にする方向に考え方が変わったということですね?
井手
そうです。だから血圧はこれでクリアーです。
笹木
先生が分子栄養学の勉強会を最初になさったのは、神奈川県のカルチャースクールですよね?
井手
そうですね。名前はコミニュティースクールで、旧文部省の生涯学習事業ですよ。
平成元年からで年間60時間でした。
その後伊豆大学(メグビー主催の宿泊研修)で講義をしたのが、三石先生の前で話した最初ですね。
あの時は朝の9時から夜の9時まで講義がありましたよ。
笹木
よくやりましたよねぇ。皆さん熱心でしたね。
井手
あの頃は津田の卒業生が中心でしたからね。その中に聖隷三方原病院の金谷先生と男性の栄養士さんが参加していましたね。
その時に、金谷先生が聖隷でやっていただけないかと、三石先生にお願いされたんですよ。
笹木
それで、その次から聖隷が会場になったわけですね?
宿泊もさせていただきましたよね。
井手
そう。研修センターでね。(笑)
笹木
随分長く続きましたね。その後は先生が金谷先生となさってましたよね?
井手
金谷先生が退職されるまで続きましたね。
笹木
聖隷での宿泊研修には聖隷三方原病院の栄養士さんたちが沢山参加されてましたから、人数も多かったですよね。本永先生も講義してくださったし、医大生のS君も参加していましたね。
金谷先生はお元気なんでしょうか?製品はお飲みいただいているんですけれど・・・。
井手
金谷先生は退職後、全日本の女子バレーの強化合宿の栄養指導をされていましたよ。
5セットまで戦えるようになったのは金谷先生のお陰じゃないですか。それには分子栄養学が役立ったんだと思いますよ。
笹木
金谷先生が嚥下が難しくなった高齢者の為のものを開発したと新聞で読みました。
井手
今はいろいろな病院で使っていますよ。
あとは真空調理ですね。1週間分の調理をしたものを短時間で真空冷凍するのをどこかと共同開発したんですよ。1ヶ月は持つそうですよ。
横浜の大病院が売りに出たのを買ったのが聖隷病院だそうですよ。そこの栄養科のリーダーは私たちと一緒に勉強したAさんという男性ですよ。
笹木
Aさんはよく覚えています。毎回参加していましたから・・・。
話は変わりますが、先生の勉強会は今はどこでなさっているんですか?
井手
最初は都立高校の貸し会議室でしたが、人数が減ってきたので巣鴨の喫茶店の貸し会議室を借りてましたが、さらに人数が減ってきたので今は一般席でやってます。このグループが一番レベルが高いんです。
そのほかには海老名の公民館と、ここ(先生の事務所)です。
笹木
今でも3箇所での勉強会が続いているんですね。
父と親しく話をするようになったのは、伊豆大(伊豆大学の略。メグビー主催の宿泊研修)からですか?
井手
そうですね。講義をして欲しいと言われてからは、いろいろお話しするようになりました。
笹木
井手先生の勉強会は、(メグビー製品を)飲むことに繋がっていることが凄いですよね。
井手
中にはいいとこ取りのひともいますけれどね。でも「いいとこ取りでは効果は出ませんよ。」って言うんですよ。
タンパク質が飲みにくければ、卵を食べるようにすすめます。タンパク質が最重要栄養素ですから、明らかに違ってきます。
「あなたに満ち足りているのは脂肪であって、タンパク質ではありません。」と。
笹木
父のことで何か思い出に残っていることはありますか?
井手
ありますよ。一番印象に残っているのは、先生の本を沢山読ませてもらいましたけれど、知識がバラバラに書かれていて、体系的にまとまっていないわけです。
ある時、意図的にこういう風に書かれているんですか?とお聞きしたら「そうです!一度書いたことがあったけれど、盗作にあったのでやめました。」って、はっきり仰いましたね。多分外国人だったと思いますよ。半田先生はご存知のはずです。
その時「僕の本を全部読んで、自分で組み立てて欲しい。」と仰いましたよ。
私の講座は、体系的にまとめた内容のつもりです。「不飽和脂肪酸とプロスタグランディン」の話が大変好評でした。
また、自分の頭で考えることの大切さを教えていただきましたね。
笹木
1冊を1回読んで解るようなものではないということですね。
そうですか。盗作の話は聞いたことがありませんでした。
井手
「私の本は全冊、何回も読んでください。こういう科学的な記述は解りにくいから、最低でも3回は読んでほしいですね。」と仰いましたよ。印象的なのはその二つですね。
他にもいくつかありますが、別の機会にしたいと思います。
笹木
永田先生も先日の対談で「何回繰り返して読んだかわかりません。」って。
井手
永田先生が何回も読んでいらっしゃるわけですから、我々が1度や2度で解るはずがありませんよ。それは無理です!
普通、理系の本は古くなると使い物にならないんですよ。新しいことがどんどん判ってきますからね。でも、先生の本は今でも充分通用しますよ。科学の基本が書かれていますから。
本の価値は古本になった時に決まります。特に理系の本は価値が下がりますね。三石先生の本をネットで調べてみてください。その価値がわかりますよ。
それに分子栄養学は、今や大学の管理栄養士科の選択科目になっていますよ。
ただし、先生の確率的親和力は物理的表現なので出てきませんが、DNAをベースにした全身の代謝系の内容です。
笹木
ご自宅の隣のマンションに、ご自分の部屋があるなんて理想的ですね。しかも8階で、ものすごく眺めも良いし・・・。
これからも、皆さんにわかりやすい分子栄養学の勉強会を続けていただきたいです。
今日は長い時間ありがとうございました。

井手 俊次郎 様:1943年生まれ 71歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

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