関田先生インタビュー

笹木
お久しぶりです。お忙しいのに対談の為に、ご上京下さってありがとうございました。
関田
先生にはお世話になったので、その位なんでもありませんよ。今の僕があるのは先生のお蔭ですから・・・僕の住んでいる所は福江島と言って五島列島の中では一番大きな島ですが、一昨日は上五島の病院の当番で、そのまま夜勤をしてから来ました。
笹木
忙しくて、寝る時間がなかったですね?
関田
福岡までの船の中で寝てきましたから大丈夫です(笑)
帰りも、船で寝れば翌日の8時半に着きますからそのまま病院に行かれるので、日帰りの時は船を利用しています。
笹木
早速ですが、父を知ったのは何の本ですか?
関田
三石先生の本ではなくて、食事に関する健康法のことを書いた雑誌の中に、高タンパク、メガビタミンのことが書かれていたんです。
それまで三石先生のことは知らなかったので、本屋で先生の本を捜して読んだのが「成人病は予防できる」だと思います。飲んでみたくてメグビーに電話したら、ちょうど笹木さんが出て、今週は健康相談があるので来ないかと言われて、2、3日後にメグビーに行ったんですよ。
それで、先生も開成で僕も開成だったので、話が盛り上がりました。
お恥ずかしい話ですが、その頃健康オタクで自分の身体でありとあらゆる食事療法を試しましたが、やるごとに体調を崩して不健康になっていきましたね。(笑)
その時は、S式で、ご飯とタンパク質を少しというのを1か月していて、痩せ細って顔色も悪かったと思いますよ。
先生にはS式なんてやったら、体力がなくなって勉強なんかできないだろうって、ずけずけと言われました。(笑) 
本当に粗食でしたが、メグビーを摂って食生活がまったく変わりました。
パン屋に勤めたり気功の治療院でバイトしたり新聞配達をしたりしていた時に、先生とお目にかかったんです。
ある程度やるともう覚えられなくて、記憶が満杯になった感じがして、前に覚えたことがトコロテンのように抜けていくんですね。栄養って大事だと思いましたよ。
それと目が疲れましたね。ビタミンAとか摂れてなかったんでしょうね。
笹木
ご家族とは、別のものを食べるわけですよね?
関田
そうです。御飯に鮭フレークをかけておかずを少し食べる程度でした。そんなのは、だめですよね。(笑)

医学部を中退してまた受験するわけですから、さすがに親の脛をかじるのはプライドが許さなくて、自宅を出て食生活もメグビー中心にして猛勉強しました。
予備校は特待生になれば学費を返してもらえるので、何が何でも特待生になろうと頑張りましたね。メグビーを摂るまでは15~30分も勉強すると目が疲れてできないんです。とにかく眼が疲れて勉強が出来ないって周りに言ってました。
「そんな食生活では当たり前だよ。」って三石先生に言われたのが22年前ですね。
3年浪人して、メグビーを飲み出した年に合格したんですから、僕の場合とても説得力があるんですよ。時間がないからコンビニのおにぎりとプロテインで、本当に頑張れるのかな?と、半信半疑でしたが1年間疲れなかったですね。
笹木
ちょうど受験の1年前ごろに父と会ったのかしら?
関田
1年ちょっと前ですね。3年連続して落ちたのでもうあきらめて、気功の治療院でアルバイトしながら夜間は新中野の気功の学校に通っていました。でも、もう一度受験しようと思って、アパートを借りました。
笹木
私も伺いましたね。テレビもなく勉強机と本箱だけで、もう1年受験勉強したら頭が変になると思う、と言っていましたよね。(笑)
関田
近くの公園にプールがあって、たまにそこで泳ぐのだけがストレス解消でしたね。
何度も言うようですが、先生との出会いが無ければ今の僕はなかったと、本当に感謝しています。
笹木
人生変わりましたね。もしかしたら、気功の治療院をしていたかもしれませんね。(笑)
息子の勉強をみて頂いて、その後は父も一緒にご飯食べましたよね。普段の生活をしている父と接していたので対談したかったのですが、どんな話をしたか覚えていますか?
関田
覚えていません!(笑) いろいろな話をしたんですけれど・・・・
美味しいコーヒーをずいぶん頂きましたね。コーヒーは嫌いだったのに笹木さんの家で飲んでからは大好きになりました。焙煎まではしませんが豆をひいて毎日飲みますね。
笹木
父も楽しそうに、ずっと話していましたよね。何か通じるものがあったのでしょうね。
関田
たくさんお話ししましたが、あの年齢であんなにエネルギッシュなことに驚きました。勉強するのはとてもエネルギーを使います。目も頭も、ものすごく使うわけですからね。ジョギングのほうが疲れるように思えますけれど、むしろ楽ですよ。ですからあの年齢であれだけの体力と集中力って、ものすごいと思いましたね。
腕立て伏せは100回、月に1冊のペースで本を書いていると聞いて本当にびっくりしました。学者はのんびりしているものだと思っていましたけれど、とんでもなくエネルギーが無くては出来ないことだと感じましたね。
笹木さんのお宅で餅つきをした時、僕らと同じように杵を振りあげたのにはびっくりしました。90歳は過ぎていたのにお元気でしたね。
笹木
関田君が大きな臼と杵と蒸し器を買ってきて、社員やご近所の方も呼んで、みんなでやりましたね。懐かしいですね。
関田
先生はずいぶん前からトランス脂肪酸はいけないと本にも書かれていましたが、安いのでいまだに使われていますよね。
パン屋で働いていた時、型に刷毛でショートニングを塗ると、こびりつかないんです。ショートニングとは言わずマーガリンと言ってましたが、バターは堅いから加工しにくいし、高いですからね。
笹木
つまり、ショートニングは無くならないということですね。ケーキ屋さんの前を通った時に、ここはショートニングの匂いがするって言ってましたよね。
関田
先生が本に書かれた後ですが、ニューヨーク市では法律で禁止しています。最近は、日本でもトランス脂肪酸の入らないマーガリンも売られていますよ。
笹木
と言うことは、日本でもトランス脂肪酸が悪いという考え方は浸透してきたんですね。水素添加しなくてもマーガリンができるということですか?
関田
よく解りませんが、薬品では水素添加しても光学異性体の不純物を取り除く技術があるので、出来るようになったのでしょうね。
笹木
トランス脂肪酸のことをお医者様が言うようになったのは、いつごろからですか?
関田
健康法を書くような医者は言いますが、医学部では習いません。多分今でも勉強しないと思いますね。
医者は関心がないと思います。栄養学については昔も今も変わってないですから。
生化学の中で少し勉強するだけで、栄養学の講座というのは聞いたことないです。
笹木
ではビタミンのことは、勉強しないんですか?
関田
そうですね。習うのはビタミンの欠乏症に関することくらいです。
自分の研究している範囲では知っていても、栄養学全般を教えられる教授はいないですね。病院では栄養サポートチームがありますが担当するのは栄養士で、医者は現場に行って栄養士さんから教わることになります。
笹木
一般教養的に栄養学も学ぶようになってきたと思っていましたが、いまだに医学と栄養は切り離して考えられているんですね。
関田
それぞれの分野で覚えることが多すぎて、そこまで学びきれないということだと思います。本当は、一番幹の問題ですけれどね。
三石先生には枝葉ではなくて、幹のところをしっかり教えて頂きました。色々な健康法があるけれど、枝葉の事しか言わないです。やっぱりタンパク質とビタミンをしっかり摂らないとダメです。
医学なんて大したことしてないです。(笑) 栄養の方がはるかに大切だと思いますよ。
笹木
「プロテインを飲んでいる友達がいるけど、筋肉を付けたいのかしらね。」って、話している人がいたけれど、一般にはその程度の認識しかないですよね。
関田
うちの子が中学の陸上部に入ったら、大会の前にアミノ酸を渡されて飲むように言われたそうです。だから運動指導している先生はわかってきているのかもしれませんね。飲んだら全然違ったそうです。
ドクターはハードな仕事なのに、お昼はチョコレートだけ、カップラーメンだけとかそんな感じですよ。だからアメリカではドクターは10年位寿命が短いと言われています。
前田先生はメグビーを飲んでいるから、やっぱりお元気ですよね。
笹木
姿勢も良いし、本当にお元気です。
6月の対談に載った金谷先生が「関田君と是非対談したらいいわ。私もそろそろ五島に遊びに行きたくなってきた。」って(笑)
三三大学(宿泊研修)では、関田君のお父様が迎えに来て下さって、一緒に連れて行っていただきましたよね。金谷先生の息子さんも医学部を受ける前に、五島まで相談に行ったそうですね。
関田
あの時、妹も一緒に行きましたね。浜松で勉強して、どうしてもメグビーで働きたいというので、お願いしたんですよね。
笹木
相模原で遠いけれど、通いきれなければ引っ越しますからと。2月だったので、暗いうちに家を出て、帰りは星空だって言ってました。ご相談日には皆さん今飲んでいる薬のことを聞かれますが、彼女はどんな薬でも即答してくれるので父は感心していました。
関田
金谷先生の息子さんは、仕事も軌道に乗っているのに30歳過ぎて医者になるのに反対されていると言って、相談されたんです。僕は経験者ですから。(笑)
笹木
「反対するのはお母さんだけだよ。」って言われたそうですよ。(笑)
関田
金谷先生は栄養士の中ではカリスマ的な存在です。僕らの業界ではメチャクチャ有名ですよ。 “神の手”と呼ばれる医者がいますが、栄養士の中ではそんな存在です。
先生は匂いを感じて美味しいと思って食べる事や噛むことが、脳の刺激になってリハビリになると言って、見た目でも美味しそうな嚥下食の研究をされています。みんなで楽しく食べるほうが、脳トレよりもはるかにいいと思いますよ。
笹木さんのようにお孫さんに囲まれている生活が一番ですよ。
笹木
どうもありがとう!
ところで、京大には何年在籍していたんですか?
関田
休学も入れて4年です。特に医者になりたいと思ったわけではなく、とにかく大学に入らないと一人前ではないと思っていたんですね。でも前からやっていた空手が面白くて極めたいと思って退学したんです。
今は症例集を片端から読んでいますが、珍しい病気の患者さんがいても、読んでいると対処できますし、医学的な勉強は今が一番面白いです。
勉強すれば役に立って患者さんにも喜ばれますからね。
やっぱり自分のしていることが誰かに喜んでもらえるとか、価値があるとかということが刺激になって覚えられるし、楽しいです。刺激がないと覚えられないです。
先生は分子栄養学という世界で通用する学問を構築したわけですから、本当に凄いですね。
笹木
今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました。

関田 孝晴 先生:1964年生まれ 51歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

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