湯本知子様インタビュー

久しぶりにお目にかかり、とても懐かしくお話させて頂きました。ご主人様やお子様がお医者様だということは存じていましたが、お孫様もお医者様や薬剤師さんであるのに皆さんがメグビーを飲んで下さっているとお聞きして、とても嬉しく思いました。

笹木
ご無沙汰しています。今日はお時間を頂きありがとうございます。
早速ですが、父を知ったきっかけをお聞かせ頂きたいのですが、メグビーが始まる前から父をご存知でしたよね?
湯本
そうですね。主人が病理学者でしたからいろいろなガンのことを耳にしていたんです。私はガンにだけはなりたくないと、かねがね思っていました。
本屋で健康雑誌を開いたら、ビタミンEのことが書かれていて、三石先生のご自宅の電話番号が書いてあったので、そんなにいいものなら飲んでみようと思って、すぐにお電話したんです。ビタミンEなんて聞いたこともないし、当時は誰も知らなかったですよ。
笹木
お医者様でもご存じなかったですか?
湯本
医者も誰も知りませんでしたから飲んでも大丈夫かなと、思うことはありましたが、毎日飲んでいたら調子がよかったので、主人も飲むようになりました。
暫くして先生のお考えの製品が出来ましたが、最初はメグビーの製品ではないものです。
笹木
ということは、40年以上ですね。
湯本
その頃「ビタミンE健康法」「ビタミンC健康法」「高タンパク健康法」など次々本を出されたので、主人と一緒に全部読みました。
米子で先生の講演会があって、お友達に「とても良い話だから聞きにいらしたらいいですよ。」って、お誘いしたんです。米子国際ホテルで30人位集まりました。皆さん三石先生のフアンになってぜひビタミンEを飲みたいと言って、何人かが飲み始めました。
主人は毎年、お教室(鳥取大学医学部病理学教室)の若い先生達をお呼びして忘年会をしていましたが、その時誰かが「湯本先生はどなたを一番尊敬されていますか?」と聞いたんですよ。すぐに三石先生だと、即答していました。「君たちもビタミンを飲まないと、老化はどんどん進むよ。」なんて話しておりました。
笹木
叙勲されるようなお医者様にそう言って頂けて、父も喜んでいると思います。
湯本
箱根で勉強会がありましたね。先生を囲んで和やかな勉強会でした。先生や皆さんと初めてお目にかかって、すごく楽しい思い出です。
次は日本平で富士山が近くに見えるホテルでしたね。あの時は5人位のグループに分かれて勉強しました。
笹木
あの頃は皆さん子供連れで参加されて賑やかでしたね。グループで話し合って、その中の1人が発表したんですよね。
湯本
最後に先生がお話しなさって、楽しく勉強しました。長谷川さん(2014年9月10月で対談)とMさんが同じグループでした。「メグビーをしっかり飲んで、100まで長生きしましょう。」と言って、お別れしたんです。
笹木
長谷川さんはお元気で、もうすぐ100歳です。
私が覚えているのはベージュのカシミヤのセーターを父に下さったんです。父は湯本さんに頂いたと言って、とても大切に着ていました。
湯本
先生のお誕生祝いに差し上げたので、お誕生会だったと思いますね。大きな会場にずいぶんたくさんいらしてましたね。
鳥取大学の浦上先生(日本認知症予防学会理事長)は、認知症について日本で一番お詳しい先生ですが、家族が「あらっ?」と思うくらいの初期なら治せるそうですよ。
先生の本には、ビタミン類をしっかり身体に入れることが大切だと書いてありました。特に葉酸とB12を摂るように書かれていましたよ。脳の神経細胞が活発に活動するので認知症の予防に役立つと書いてございましてね。何も知らなくても三石先生をずっと信じて飲んでいてよかったなぁと、改めて思いました。
先日読んだ本ではアメリカは認知症が減っていて、なる人は年齢の高い人だそうです。それに引き替え日本では増えていて、2025年には65歳以上の人は5人に1人が発症すると書かれていました。
笹木
エッ!気を付けないと(笑)
湯本
アメリカの研究では認知症は薬では治らなくて、頭を使うこと、学習することが重要でそれが一番の予防に繋がるそうです。それで、アメリカでは本屋さんの空いたスペースで勉強会を開いているそうですよ。あちこちの本屋さんで歴史とかいろいろなことを勉強しているそうです。
それに引き替え厚生労働省はそういうことに目を向けないで介護と医療関係のことばかりに向いているので、考え方を変えないと日本の認知症患者は増えるだろうと書いてありましてね。
三石先生はかねがね、学習することが大切で、しかも科学的な本を読まないといけないと仰いましたね。改めて三石先生は凄い方だなぁと思いました。
そういうことも知らずに40年も飲んできたけれど、本当に良かったです。
笹木
父は身体に必要なものを製品化したわけですけれど、今になって言われるようになりましたね。
湯本
この歳になって新しいお友達ができるということはなかなか難しいけれど、メグビーさんのお蔭で山崎さん(対談は2013年3月)とも20年来のお友達のように親しくさせて頂いているんですよ。
笹木
山崎さんも「湯本さんと話していると楽しいんです。」ってよく言ってらっしゃいますよ。
湯本
息子家族も娘家族もみんなで飲んでいるんですよ。夜遅くまで働いて朝早く出かけますけれど、お蔭様で仕事をこなしております。
笹木
息子さんはお医者様でしたよね?
湯本
息子は整形外科で、娘と孫は糖尿病が専門です。孫の一人は薬剤師でもう一人は医大に行っています。
笹木
皆さんお医者様になられたんですね。
湯本
娘はヒューストンにおりました時に、主人の研究室にいた女医さんに憧れたんです。中学1年で帰国しましたが、国語が出来なくて学年で一番ビリでしたよ。(笑) どうしても医者になりたいと、すごく勉強しましたね。
息子は週末には東京の整形外科の病院で働いています。新幹線なのでたいして時間はかかりませんけれど、今が一番学費のかかる時なので大変ですよ。
私は15年くらい前に交通事故にあったんです。高速道路での大事故で普通なら首の骨を折るような事故だったんですけれど、眠くなったのでネックピローをしていたのと、メグビーさんの製品を飲んでいたから今こうやっていられますが、首の骨でしたから寝たきりになっていたと思います。主人は死んだと思ったそうです。
その時医者は、骨が若くて信じらないと言って2度も骨密度の検査をさせられて「間違いだ。」「間違いだ。」と言うんですよ。(笑)でも、2度とも骨密度の数値は同じだったんです!
何十年もメグビーを飲んでいると、やっぱり違うんですねぇ。
あばら骨が2本折れただけでした。シートベルトの下の骨でしたね。それは20日くらいで治りましたが、ベッドに上がることもできないくらい痛くて動けませんでしたよ。仕方がないので、布団を敷いて寝ていたんです。でも、毎日ヒトフードは飲んでいたので治りは早かったです。
息子もお昼はヒトフードです。医者はゆっくりお昼を食べる時間がありませんからねぇ。娘婿も62か3歳ですが、皆さんに若いと言われるそうですよ。ヒトフードをしっかり食べているせいだと思いますよ。
笹木
湯本さんは今何を飲んで下さっていますか?
湯本
ヒトフードにボーン、E、A、Q、FとSは少し多めに飲んでいます。
三石先生のお元気なお姿を思い浮かべながら飲んでいます。(笑)
孫たちもみんな飲んでますよ。頭にいいからと言ってレシチンも飲んでいますが、プロテインが苦手でタブレットにしています。
メグビーさんがこれからますます発展されて、一人でも多くの方が飲んで下さることを心から祈っております。本当に素晴らしい製品ですからね。
笹木
今日は良いお話を伺えて、ありがとうございました。久しぶりにお目にかかれて、とても楽しかったです。また、近いうちにお目にかかりたいです。

湯本 知子 様:1933年生まれ 82歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

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