畠山美代子様インタビュー

研究生として、一緒に森林公園のホテルで勉強したお仲間です。今は東京を離れ生まれ故郷に帰られていますが、阿部先生の講演会にご出席頂いたので、対談をお願いしました。

笹木
懐かしいですね!
急に寒くなってきましたけれど、遠野に比べたら暖かいですよね?(10月に対談)
畠山
暑いくらい!(笑)
笹木
メグビーを知ったきっかけを今までお聞きしたことがありませんでしたね。
畠山
美容院に先生の『自然治癒の健康相談』が置いてあって、私に必要な情報だと直感したので借りて来て何度も読みました。
笹木
看護師さんとしての興味ですか?
畠山
甲状腺腫瘍の治療中で、大丈夫かしらっていう不安がいつもありました。
笹木
ご病気があって勉強会に参加していらしたとは今日まで知りませんでした。すっかり元気になられて良かったですね。
畠山
先生の飲んでいる製品を飲みたくて探しても、デパートにも薬局にもなくて、失礼とは思いましたが、本の後ろに書いてあったご自宅に電話したんです。
先生が「自宅の勉強会にきませんか?」と言ってくださったのが最初です。
私も仕事を休んで出席していましたけど、平日なのに遠方からも毎月たくさんの方が参加していて、皆さん熱心でしたよね。
笹木
若い男性も多く父は後進の指導に燃えていて、みなさんもとても熱心だったと思います。畠山さんは研究生の二期ですものね。
一期(研究生)の方達は求人雑誌で募集した若い方達で、結婚や出産で辞めてしまいました。今度は勉強会の参加者の中で子育てが終わった50歳前後の方に声をかけようということになったんです。
私も子供達の手が少し離れた頃でしたから、一緒に勉強させてもらいました。
宿泊して朝から夜まで、勉強しましたね。
私はあの頃が一番勉強したし、新しいことを知ることが楽しかったです。
手書きの原稿を読んで、父が解説をしたのが「21世紀への遺書」という1冊の本になった時は嬉しかったです。
父はその時に「21世紀は存在するか」という題にしたいと言っていましたが、出版社の意向で「21世紀への遺書」という題になりました。
亡くなってお骨がまだある時に、出版されました。
畠山
地球の将来が心配だと言って、いろいろなことを教えて頂きましたね。
笹木
「先生が気温の上昇、豪雨や台風も大型化すると言っていた通りの気候になってきましたね。」と、お手紙やお電話をいただくことがあります。
今の状況を父ならどのように説明するのかと、考えることがあります。
畠山
私も先生にお聞きしたいことが、たくさんあります。
私も病気のこともあるし、前のめりになって懸命に勉強しましたよ。
難しいことを三石先生のようにわかりやすく、自分の言葉で説明できる人はいないと思います。
化学記号が出てきた時、「わかりますか?」って聞かれて「全然わかりません!」って答えたら、「大丈夫。だんだんわかってきますから。」って。(笑)
それと柳沢桂子さんの「認められぬ病」を読みましたね。
笹木
そして、感想文というか医療についてのショートレポートが宿題になりましたよね。
あれを読んで、病名も治療法もわからない病気になった患者の不安や心の葛藤を知り、とても衝撃的でした。
畠山
先生の講義を聞いて、医師や看護師が身体の中のミクロの世界をなぜ勉強しないのかと思いましたよ。
患者さんに「栄養を摂らなければ駄目よ。タンパク質が必要よ。」と言うだけでは、本当の看護ではないと仕事を振り返る機会にもなりました。
畠山
メニエールは良くなりましたか?
何年前だったかしら、待ち合わせの場所に来られないのでどうしたのか心配していたら、新宿駅から、お友達の具合が悪くなって救急室にいるので急いで来てください、と携帯に電話があって駆けつけたことがありましたよね。
畠山
目が回るし、吐き気はするし・・・でも、今はそういうことはなくなりましたね。
救急車を呼ぶと言われたけれど、メニエールで死ぬことはないので、落ち着くまで横になって帰って来たんです。完全にストレスから来たと思います。
勉強しただけだったメニエールの怖さを体験できて、良かったです。でも、知識のない人があの状態になったら慌てると思いますよ。
帰って本で調べて、メニエールだと確信したので診察は受けてないの。看護師なのに三石先生と同じで、診察は嫌いなんです!(笑)
身体はミクロの世界だから、ミクロの物質で対応しなければダメだと思うのよ。それにはお食事だけでは不足するから、メグビーをしっかり摂ることが自主管理の第一条件だと思います。
自分の身体に当てはめて、勉強することで自主管理はできるわけでしょ?なんて、偉そうなこと言って、私に何か起こったら恥ずかしいけど(笑)、今はそう思っているのよ。
笹木
勉強したことを生かしてもらいたいと思いますよね。二期の研究生の方達はみなさん飲んで下さっているけど、一期の研究生で今でも残っているのは2015年に対談した鈴木さんと久保谷さんだけになりました。
畠山
難しいことを知っていても、自主管理ができなければ意味はないと思うの。
先生が「これは真理です。」って言われたけど、今になって言葉の重みを感じていますね。
先生は難しいことを、本当にわかりやすく教えてくださったから、みんながついて行ったと思いますよ。ご自分では否定してらしたけど、本当の教育者だったと思いますよね。
講演会には製薬会社の人たちも来ていて、しばらくしてその会社が同じような製品を出しましたよね。
笹木
あの頃はまだ健康食品なんてなかったですものね。
畠山
先生が絶対に口にしなかったショートニングも、良く見るとどんなものにも入っていますよね。アメリカでは禁止しているのに、なぜ厚生労働省ではうるさく言わないのかが不思議ですよね。
子供の脳や身体の発育にも精神的な問題にも関係するはずだから、すごく心配。
私は「ショートニングのアレルギーですけど、入っていますか?」って聞いてから買うようにしているのよ。先生のようにトランス脂肪酸のことを訴える人が、なぜ出てこないのかと思ってしまいます。
笹木
そういうことに関心のない方が多いと思います。
畠山
昨日の講演で阿部先生が「三石先生は偉人です。」ってみんなの前で言ってくださったでしょ?そう思っている人は多いと思うけれど、みんなの前で言って頂けて本当に嬉しかったわ。
三石先生は地位も名誉も何も要らないと言ってたけど、これだけの理論と製品を残したのは凄いことだと思います。
「自分の身体のことを知ることで栄養がいかに大切かを知って健康の自主管理ができるようになって欲しい。」という先生の言葉は忘れられません。
「生体には遺伝子という素晴らしい大工さんがいるので、遺伝子の要求する材料を摂ることで立派な家(身体)ができる。」と、わかりやすく説明してくださいました。
きちんと栄養を摂れば、ゼロとは言わないけれど病気になる確率は減ると思うのよ。不足していたから病気になったわけだから、病気が治って飲むのをやめるという考え方は駄目よね。身体を作る材料ですもの。私は量を減らしてでも摂り続けていなければまた同じことになると思うのよ。
笹木
私達は風邪が流行っても引くことはないし、健康に過ごす事ができますものね。
東日本大震災の時に、非常食にヒトフードみたいに良いものはない、って言ってくださいましたね。
畠山
そうでしたね。水さえあれば飲めるんですもの。こんなにありがたいものはないと実感しましたね。
私は三石先生に出会えたことが幸せだったし、人生が変わりました。先生の世界観に触れたことで、人間性を高めていくことがいかに大切かということを学びました。
先生との出会いも神の仕業ではないかと思うことがあるのよ。(笑)
笹木
手術場の看護師さんだったんですよね?
畠山
有名な先生の胃がんの手術の手伝いをした時に、驚いたのはほとんど出血しないんです。血管の場所もよくわかっているから傷つけないから、ガーゼも少ししか汚れないし、回復も驚くほど早かったですね。
小学生くらいから身体のことや栄養のことをもっと教えたらいいと思いますよ。素人考えかもしれないけれど、子供の頃から知っていれば病気も減ると思うんですよ。
私は三石理論で作られたメグビー製品によって、スポンジが水を吸い込むように身体に入り自然治癒に繋がりがあったと思っています。
自分の身体の仕組みが理解でき、次第に元気を取り戻して行く日常は感謝と喜びで一杯でしたね。
笹木
そう言えば今年は、教会のお仲間と巡礼の旅に行かれたけれど、大丈夫でしたか?
行こうかどうしようかと迷ってお電話いただいたけれど・・・
畠山
そうなの。三石先生も「自分の世界を広げなくてはダメですよ。」って言ってたから、思い切って参加したけど疲れもせず、皆さんにご迷惑をかけることもなく、元気に行ってきました。各地のカトリック教会からたくさんの信者さんが参加したんです。
メグビーを飲んで健康になったというだけではなくて、先生の世界観に触れて人間性を高めて自分の世界を広げることの大切さを学びました。
先生に出会えて、本当にありがたかったと感謝しています。
「もう歳だからだめなの。」と言うことはいけないと思うのよ。自分の歳は意識しないで、いつまでも元気でいたいと思いませんか?
だから、「幾つ?」って、聞かれても「忘れた!」って、答えることにしてるの。(笑)
笹木
私もそうします!そして、畠山さんのように元気に若々しく、歳を重ねたいと思います。今日は懐かしいお話をどうもありがとうございました。

畠山 美代子 様:1930年生まれ 87歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

インタビュー一覧に戻る