長年愛用いただいているお客様と弊社代表笹木多恵子との対談。

第46回成田正子様 (71歳)

体験してみて先生の本の通りだと、納得できました

製品説明会の後、たくさんの体験を話して頂いたので、ぜひ、皆様にもお聞かせしたいと思い対談をお願いしました。

笹木  今日はどうもありがとうございます。
血圧がかなり高かったとお聞きしたので、お話いただけますか?
父は高タンパク、メガビタミンなら血管は弾力があって丈夫だから、血圧は高くても心配ないと言っていましたが、半信半疑だったんです(笑)。

成田  朝起きて頭が痛くても、ヒトフードとメグビーSとFを2本飲むと治るので、仕事にも行きましたよ(笑)
でも、目眩もあったので病院に行ったら最高血圧が基準値より高くて、先生も看護婦さんもびっくりして何回も測ってました(笑)
コレステロール値も高くて脳梗塞とか心筋梗塞になるかもしれないと、脅かされましたが数値が高ければ、お医者さまが心配をするのは当たり前ですものね。
三石先生に教えていただいた知識がなければ、私も慌てたと思いますが、20年以上メグビーを飲んでいたので心配はしませんでした。タンパク質をしっかり摂っていれば血管は丈夫だと先生は仰ってましたからね。
コレステロールを下げる薬はあまり良くないと聞いていたので飲まずに、メグビーの栄養士さんに相談して、ヒトフード、S、F、ミネラル、A、Q、E、ボーンを強化して1ケ月後、近所のクリニックで、血圧と血液検査をお願いしたんです。
最高血圧は高めだったので一応薬は飲んでいます。私は驚くような数値ではないと思いますが、先生は枠の中に入っていないと高血圧だと判断しますからね。
コレステロール値も高めでしたが、薬は善玉も下げるから飲まないで運動をするようにと指導され、良心的な先生だなと思いましたよ。
そして、LDLとHDLを計算して動脈硬化になりにくい体質だと言われました。それで、血圧が高くても梗塞が起きなかったのだと、納得できたんです。
メグビーを飲んでいないお友達は、私より血圧が低いのに、脳梗塞が起きているんですよ。
20年以上メグビーを飲んでいるので血管は柔らかいし、血液もサラサラだったから、命拾いできたと思っています。
体験してみて先生の本の通りだと、納得できました。
昨年は猛暑だったのに、クーラーなしで寝ていて寝不足だったのも、原因だと思っています。
三石先生の理論を証明するために、血圧が上がったのかもしれないし、それなりの意味があったのではないかと、思っています(笑)。
だって、先生のお陰で今があるんですもの。証明できてよかったです。
こんな体験をした方はいないですよ。普通は怖くてその前に病院に行くはずですから。

笹木  メグビーを知ったきっかけをまだお聞きしていませんでしたね?

成田  20歳頃に、糸球体腎炎になって1ヶ月間毎日注射を打って良くなったんですが、「腎臓は元には戻らない。」と医者に言われたので透析だけは避けたいと思っていた時、勉強会に誘われて、三石先生の分子栄養学の話を聞いたんです。私が求めているのはこれだ、と思って飲み始めました。
どこの病院でもタンパク制限を指導されましたが、三石理論では質の悪いタンパク質が腎臓に負担をかけるので、良質なタンパクを摂りなさいという理論に、共感したんです。
メグビーを飲み始めて検査をしたら、元に戻らないと言われていた腎臓は、きちんと働いていました。メグビーに出会ったおかげで、今はどこも悪くないんですよ。
普通は腎臓が悪いと血管も劣化するのに、私は血管が丈夫なことは今回のことでわかりましたしね(笑)。

成田  糸球体腎炎になった時は血圧があまりにも高くてもうダメだと覚悟したのに、三石先生のお陰でこんなに元気になりました。メグビーを飲む以外何もしていないのにね(笑)。
病気を治したくて先生の本は暗記するほど読んだし、今また読み返して先生の理論は間違いがないと改めて思っています。
だって私の周りの人はみんな元気になったんですもの!
一つでも間違っていたらみんなが治るなんてことありませんよね?
でも、先生の本を何度も読んで理解しても、メグビー製品をキチンと飲まないと解らないこともたくさんありますね。
本を読んで理論だけ理解しても、他社製品ではダメですよ。だって内容が違いますもの。

笹木  そう言っていただけると嬉しいです。ありがとうございます。

成田  健康に関する本はたくさんありますから、何が正しいかを読み取ることは難しいですね。
腎臓病で血圧が高ければ、血管が破れていてもおかしくないんですよ。私だってメグビーを飲んでなかったら、梗塞が起きていたと思いますよ。
こういうことを体験しなければ、途中で飲むのをやめていたかもしれないです。

笹木  薬ではないのに体調が良くなると、やめてしまう方も多いですね。

成田  メグビープロはたくさん飲みたいし、ご飯も食べたいので、3回に分けて飲んでいます。
お陰様でクレアチニンも正常だし、何も異常がないんです!

笹木  何を飲んでいらっしゃいますか?

成田  最初はヒトフードだけでしたが、10年くらい前から他のビタミンも全部飲むようにしています。
製品を加齢とともに増やして、1日も休むことはないです(笑)。
手元には全部揃えているから、自分で考えながら増やしたり減らしたりして飲んでいます。

笹木  父は1日も欠かしてはいけないと言っていましたが、私は若い時には一日一度しか飲まなかったし、週末はお休みすることもありましたけれど、加齢とともに真面目に飲んでいます(笑)。

成田  それから、メグビーQはすごくいいですね。
私は歯医者が嫌いで虫歯になっても行かず、8年ぶりにレントゲンを撮ったらすごく歯石が溜まっていて、普通はこんなに歯石があれば歯周病になっているのに骨がしっかりしていると言われましたよ。やっぱりQはいいですね!
腸閉塞の手術は3時間の予定だったのに腸が腐っていて、5時間もかかって12センチ切除したのに感染症にもならず、2日目から歩いていました。そんな経験をしたので、何があっても怖くないです。(笑)

笹木  お身内の体験がたくさんおありなので、お話いただけますか?

成田  体験談なら、沢山ありますよ。
義兄は突然声が出なくなって、大学病院でも原因がわからず悩んでいたので、お見舞いにヒトフードとメグビーSを渡して「1ヶ月間、1日も休まず飲んでね。」と話しました。
ヒトフードは体重の2000分の1、Sは3本飲むように言ったんですけど、2週間で便通が良くなり、4週間目には声が出るようになったんです!
主人は突発性難聴で耳鼻科に通っても良くならないので、ヒトフード、A、E、Q、S、Fを朝晩飲みました。特にSとFは多めに飲んでもらいました。
3週間目には遠くの声が聞こえて、1ヶ月経たないで聞こえるようになりましたよ。
主人はこういうものを飲むのが大嫌いなので、「お願いだから飲んでください。」って、毎日お願いして朝晩飲んでもらったんです(笑)。
お腹がいっぱいでビールも飲めないって、文句ばかりでしたが、先生には「一生聞こえるようにはなりませんよ。」と言われていたので、嫌々でも飲んでくれました(笑)。
でも日に日に聞こえるようになってきたので信用してくれるようになりましたけど、治ったら飲みません(笑)、匂いが嫌だって言うんですよ。嫌いな人に飲ませるのは本当に大変です。

笹木  病院でも原因がわからなかったり、聞こえるようにならないと言われたら、不安ですからお二人とも飲んでくださったんですね。
成田私は長い間飲むことが必要だと思うし、途中でやめるのは今まで飲んでいたのが無駄になってしまうと思うんですよ。せめて1ヶ月は続けて飲まないと意味がないと思っています。だから、「飲めないと思うなら、最初から
飲まない方がいいよ。」って言うんです(笑)。
腎臓ガンの友人には、「私も昔、腎臓病になってからこういうものを飲んで居るけど、再発予防に飲んでみたら?」と、話したら「私も飲みたい!」と言って、もう10年間1日も欠かさず飲んでいます。もう90歳過ぎたけどお元気ですよ。
糸球体腎炎のお嬢さんは一生治らないと言われても、病院の薬は飲まずメグビーだけを飲んでいて、造影剤の検査をしたら、腎臓は正常に働いていて先生がびっくりしたそうです。クレアチニンの数値も正常だそうです。
信頼してくれてメグビーだけを飲んでいるんですが、血管も劣化していないと言われたそうです。
お友達の知り合いが食道ガンになって、入院中に「◯◯したらガンが治る」という本を売店で買ったんです。
タンパク質を摂ってはダメで玄米と野菜しか食べてはいけない、と書いてあったから真面目に実践していたら見る間に痩せて黄疸が出て6ヶ月もしないうちに再発し食道を全摘したんです。肉はもちろん卵も牛乳も口にしなかったそうですよ。
それを聞いて、知っているか知らないかが運命の分かれ道だとつくづく思いましたし、高タンパクがいかに大切かを身に染みて感じました。
そういう本がたくさん出ていますよね。お医者様とか信頼できる肩書きの方がそういうことを書くわけですから信用しますもの。罪作りだなぁって思います。

笹木  父も「無知こそ悪の根源なり」と言っていて、正しい情報か、間違っている情報かを見極められるような勉強をしなければいけないと、いつも言っていましたものね。

成田  だから皆さんの体験談を聞いてみたいです。

笹木  私たちがお客様の体験を書くことは薬事法で禁止されているので対談を通して、その方が話したことを写真も載せて、皆様に読んで頂くことしかできないし、今回お聞きした数値も、そのまま載せることは難しいです。

成田  国ではビタミンAを摂りすぎてはいけないと言うから、信用してしまいますよね。でもね、メグビーAを飲んで治っている人はたくさんいますからね。
私だって娘だってそうだし、病気によっては飲まなければ治らないわけですからね。
だって、三石先生は、それを実践しているんですから・・・
なかなか信用してもらえないけれど、先生の本に肺ガンの話、胃ガンの話、乳ガンの話が載っていますよね。私はそれが忘れられなかったから娘が乳ガンになった時にご相談したんです。
済生会でステージ3.5と言われたので、診察室から出てすぐ「メグビーさんに行ってみる?」と言ってみたんです。娘は今までは全く飲んでないのに、「行ってみたい!」と言いましたよ。
もしかしたら・・・と言われていたので覚悟はできていて、インターネットでいろいろ調べていて手術は聖路加でしたいと言うので、病院を出てから公園で聖路加の予約をして、メグビーに電話をしたんです。
1時ごろに着いたら社長さんが待っていてくださって、本当に感動しました。
もうすぐ3年目に入るんですけれど、もう3ヶ月に一度来なくてもいいから近くのクリニックでホルモン剤をもらって、1年後に来るように言われたそうです。
ホルモン剤も副作用が出る方が多いらしいですけど、メグビーをしっかり摂っているので全く出なくて、ありがたいです。子宮へのリスクがあると言われていましたけど、それも全く問題ないんです。

笹木  あの時、お嬢様は「全摘は覚悟しています。その後の事を考えたいんです。」と、はっきり言われましたね。

成田  目に見えない部分にがん細胞があるかもしれないから、全摘を勧められました。幸いリンパへの転移は全くなく、傷も最小限でしたし、手術時間も1時間半と言われましたけど、早く終わりましたからね。
10日の入院予定が、回復が早くて5日目で退院し、明日から仕事に出てい良いって言われたんですが、それは手術前からメグビーを、ものすごく大量に飲んでいたことが影響していると思っているんですよ。少しだったらこうはいかなかったと思います。
サプリメントはダメだという先生が多いようですが、心配なことがあったらなんでも話してごらんと言われて、メグビーのことを相談したら好きなように飲んで良いと言ってくださったんです。
アメリカで勉強した先生だったのも、運が良かったと思いました。
入院費は他の病院よりも高いけれど、病気のことや手術のことなど精神的に参っているときには相談窓口もあるんですよ。
でも、出血が止まらないといけないので、AとEは1週間前にはやめるようにと言われましたが、ヒトフードはちゃんと飲んでいました。

笹木  それまではメグビーを摂っていなかったのに、すごく前向きでしたよね。

成田  これを読んだ方が、もし癌になった時には経済状態もあるかもしれませんが、1ヶ月は借金してでも大量に、特にメグビーSはたくさん飲んで欲しいです。

笹木  お嬢さんにもいつか対談をお願いしたいと思っているので詳しいことは本人からお聞きしたいと思っています。本当にお元気になられて良かったですね。

成田  そうそうまだありますよ。甥は高校の時に血小板減少紫斑病になったんです。妹は帰ってきた息子の足が紫色になっていたので、慌てて輸血のできる病院に連絡したんです。1週間入院して血小板の輸血をして元気に退院しました。
退院した時に、「また再発したら困るから、これを飲んだらいいと思うよ。」と言って渡したんですが、再発もせず元気です。
私が勧めた人でダメだった人はいないんです。たくさん飲んで具合の悪くなった人もいないし、100%よくなっています。だから私は自信を持って、娘がガンになった時も、大量に飲ませようと思いました。

成田  私はメグビープロを沢山飲みたいけど、お腹がいっぱいになってご飯が食べられないので、3回に分けて飲んでいます。牛乳とバナナで作ると美味しいですよ。
寒くなってきたらインスタントのポタージュスープとかカボチャのスープなんかも美味しいです よね。こんなにバラエティーがあれば飽きません。
今はクレアチニンも正常ですし、糖尿も肝臓も何も異常はないんですよ。でも、腎臓病には気を付けたいので毎日必ず飲んでいます。

笹木  それはどうもありがとうございました。
これからも無理しないで、お元気に過ごしくださいね。

成田 正子 様:1947年生まれ 71歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

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第45回畠山美代子様 (87歳)

難しいことを三石先生のようにわかりやすく、自分の言葉で説明できる人はいないと思います

研究生として、一緒に森林公園のホテルで勉強したお仲間です。今は東京を離れ生まれ故郷に帰られていますが、阿部先生の講演会にご出席頂いたので、対談をお願いしました。

笹木  懐かしいですね!
急に寒くなってきましたけれど、遠野に比べたら暖かいですよね?(10月に対談)

畠山  暑いくらい!(笑)

笹木  メグビーを知ったきっかけを今までお聞きしたことがありませんでしたね。

畠山  美容院に先生の『自然治癒の健康相談』が置いてあって、私に必要な情報だと直感したので借りて来て何度も読みました。

笹木  看護師さんとしての興味ですか?

畠山  甲状腺腫瘍の治療中で、大丈夫かしらっていう不安がいつもありました。

笹木  ご病気があって勉強会に参加していらしたとは今日まで知りませんでした。すっかり元気になられて良かったですね。

畠山  先生の飲んでいる製品を飲みたくて探しても、デパートにも薬局にもなくて、失礼とは思いましたが、本の後ろに書いてあったご自宅に電話したんです。
先生が「自宅の勉強会にきませんか?」と言ってくださったのが最初です。
私も仕事を休んで出席していましたけど、平日なのに遠方からも毎月たくさんの方が参加していて、皆さん熱心でしたよね。

笹木  若い男性も多く父は後進の指導に燃えていて、みなさんもとても熱心だったと思います。畠山さんは研究生の二期ですものね。
一期(研究生)の方達は求人雑誌で募集した若い方達で、結婚や出産で辞めてしまいました。今度は勉強会の参加者の中で子育てが終わった50歳前後の方に声をかけようということになったんです。
私も子供達の手が少し離れた頃でしたから、一緒に勉強させてもらいました。
宿泊して朝から夜まで、勉強しましたね。
私はあの頃が一番勉強したし、新しいことを知ることが楽しかったです。
手書きの原稿を読んで、父が解説をしたのが「21世紀への遺書」という1冊の本になった時は嬉しかったです。
父はその時に「21世紀は存在するか」という題にしたいと言っていましたが、出版社の意向で「21世紀への遺書」という題になりました。
亡くなってお骨がまだある時に、出版されました。

畠山  地球の将来が心配だと言って、いろいろなことを教えて頂きましたね。

笹木  「先生が気温の上昇、豪雨や台風も大型化すると言っていた通りの気候になってきましたね。」と、お手紙やお電話をいただくことがあります。
今の状況を父ならどのように説明するのかと、考えることがあります。

畠山  私も先生にお聞きしたいことが、たくさんあります。
私も病気のこともあるし、前のめりになって懸命に勉強しましたよ。
難しいことを三石先生のようにわかりやすく、自分の言葉で説明できる人はいないと思います。
化学記号が出てきた時、「わかりますか?」って聞かれて「全然わかりません!」って答えたら、「大丈夫。だんだんわかってきますから。」って。(笑)
それと柳沢桂子さんの「認められぬ病」を読みましたね。

笹木  そして、感想文というか医療についてのショートレポートが宿題になりましたよね。
あれを読んで、病名も治療法もわからない病気になった患者の不安や心の葛藤を知り、とても衝撃的でした。

畠山  先生の講義を聞いて、医師や看護師が身体の中のミクロの世界をなぜ勉強しないのかと思いましたよ。
患者さんに「栄養を摂らなければ駄目よ。タンパク質が必要よ。」と言うだけでは、本当の看護ではないと仕事を振り返る機会にもなりました。

畠山  メニエールは良くなりましたか?
何年前だったかしら、待ち合わせの場所に来られないのでどうしたのか心配していたら、新宿駅から、お友達の具合が悪くなって救急室にいるので急いで来てください、と携帯に電話があって駆けつけたことがありましたよね。

畠山  目が回るし、吐き気はするし・・・でも、今はそういうことはなくなりましたね。
救急車を呼ぶと言われたけれど、メニエールで死ぬことはないので、落ち着くまで横になって帰って来たんです。完全にストレスから来たと思います。
勉強しただけだったメニエールの怖さを体験できて、良かったです。でも、知識のない人があの状態になったら慌てると思いますよ。
帰って本で調べて、メニエールだと確信したので診察は受けてないの。看護師なのに三石先生と同じで、診察は嫌いなんです!(笑)
身体はミクロの世界だから、ミクロの物質で対応しなければダメだと思うのよ。それにはお食事だけでは不足するから、メグビーをしっかり摂ることが自主管理の第一条件だと思います。
自分の身体に当てはめて、勉強することで自主管理はできるわけでしょ?なんて、偉そうなこと言って、私に何か起こったら恥ずかしいけど(笑)、今はそう思っているのよ。

笹木  勉強したことを生かしてもらいたいと思いますよね。二期の研究生の方達はみなさん飲んで下さっているけど、一期の研究生で今でも残っているのは2015年に対談した鈴木さんと久保谷さんだけになりました。

畠山  難しいことを知っていても、自主管理ができなければ意味はないと思うの。
先生が「これは真理です。」って言われたけど、今になって言葉の重みを感じていますね。
先生は難しいことを、本当にわかりやすく教えてくださったから、みんながついて行ったと思いますよ。ご自分では否定してらしたけど、本当の教育者だったと思いますよね。
講演会には製薬会社の人たちも来ていて、しばらくしてその会社が同じような製品を出しましたよね。

笹木  あの頃はまだ健康食品なんてなかったですものね。

畠山  先生が絶対に口にしなかったショートニングも、良く見るとどんなものにも入っていますよね。アメリカでは禁止しているのに、なぜ厚生労働省ではうるさく言わないのかが不思議ですよね。
子供の脳や身体の発育にも精神的な問題にも関係するはずだから、すごく心配。
私は「ショートニングのアレルギーですけど、入っていますか?」って聞いてから買うようにしているのよ。先生のようにトランス脂肪酸のことを訴える人が、なぜ出てこないのかと思ってしまいます。

笹木  そういうことに関心のない方が多いと思います。

畠山  昨日の講演で阿部先生が「三石先生は偉人です。」ってみんなの前で言ってくださったでしょ?そう思っている人は多いと思うけれど、みんなの前で言って頂けて本当に嬉しかったわ。
三石先生は地位も名誉も何も要らないと言ってたけど、これだけの理論と製品を残したのは凄いことだと思います。
「自分の身体のことを知ることで栄養がいかに大切かを知って健康の自主管理ができるようになって欲しい。」という先生の言葉は忘れられません。
「生体には遺伝子という素晴らしい大工さんがいるので、遺伝子の要求する材料を摂ることで立派な家(身体)ができる。」と、わかりやすく説明してくださいました。
きちんと栄養を摂れば、ゼロとは言わないけれど病気になる確率は減ると思うのよ。不足していたから病気になったわけだから、病気が治って飲むのをやめるという考え方は駄目よね。身体を作る材料ですもの。私は量を減らしてでも摂り続けていなければまた同じことになると思うのよ。

笹木  私達は風邪が流行っても引くことはないし、健康に過ごす事ができますものね。
東日本大震災の時に、非常食にヒトフードみたいに良いものはない、って言ってくださいましたね。

畠山  そうでしたね。水さえあれば飲めるんですもの。こんなにありがたいものはないと実感しましたね。
私は三石先生に出会えたことが幸せだったし、人生が変わりました。先生の世界観に触れたことで、人間性を高めていくことがいかに大切かということを学びました。
先生との出会いも神の仕業ではないかと思うことがあるのよ。(笑)

笹木  手術場の看護師さんだったんですよね?

畠山  有名な先生の胃がんの手術の手伝いをした時に、驚いたのはほとんど出血しないんです。血管の場所もよくわかっているから傷つけないから、ガーゼも少ししか汚れないし、回復も驚くほど早かったですね。
小学生くらいから身体のことや栄養のことをもっと教えたらいいと思いますよ。素人考えかもしれないけれど、子供の頃から知っていれば病気も減ると思うんですよ。
私は三石理論で作られたメグビー製品によって、スポンジが水を吸い込むように身体に入り自然治癒に繋がりがあったと思っています。
自分の身体の仕組みが理解でき、次第に元気を取り戻して行く日常は感謝と喜びで一杯でしたね。

笹木  そう言えば今年は、教会のお仲間と巡礼の旅に行かれたけれど、大丈夫でしたか?
行こうかどうしようかと迷ってお電話いただいたけれど・・・

畠山  そうなの。三石先生も「自分の世界を広げなくてはダメですよ。」って言ってたから、思い切って参加したけど疲れもせず、皆さんにご迷惑をかけることもなく、元気に行ってきました。各地のカトリック教会からたくさんの信者さんが参加したんです。
メグビーを飲んで健康になったというだけではなくて、先生の世界観に触れて人間性を高めて自分の世界を広げることの大切さを学びました。
先生に出会えて、本当にありがたかったと感謝しています。
「もう歳だからだめなの。」と言うことはいけないと思うのよ。自分の歳は意識しないで、いつまでも元気でいたいと思いませんか?
だから、「幾つ?」って、聞かれても「忘れた!」って、答えることにしてるの。(笑)

笹木  私もそうします!そして、畠山さんのように元気に若々しく、歳を重ねたいと思います。今日は懐かしいお話をどうもありがとうございました。

畠山 美代子 様:1930年生まれ 87歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

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第44回深澤克様 (70歳)

僕は医者任せではダメ、自分の健康は自分で守るという姿勢でなければいけないと思っているんです

深沢様は国内外のメーカーの販売促進を担当されていたので、メグビーの今後について色々ご助言いただきました。精力的に仕事と遊びを両立されていますが、この年でも元気に働蹴て充実した生活を送ることができるのは、メグビー製品のおかげだという、ありがたいお言葉を頂戴しました。

笹木  お仕事の帰りですよね?
お忙しいのにお時間を取っていただきありがとうございました。
メグビーを知ったのは本だと思うのですが、どの本だったのでしょうか?

深澤  自分の健康は自分で守らなければと思っていた時に出合ったのが、三石先生の「医学常識はウソだらけ」です。読み始めてこの本は何か違うと思いましたよ。それで、先生の他の本を読み始めたんです。
当時広告会社に勤めていて、ヘルスケアビジネスを立ち上げることになり、医療のことも含めて自分なりに勉強しなければと思ったんです。
それが2002年か3年で僕がちょうど54歳くらいで、いわゆる中年で身体の変調期でもあったので、そのタイミングで勉強し始めたんです。
その時に思ったのは健康長寿・ピンピンコロリがこれからの日本の課題になると確信できたので、勉強してみたいと思ったんです。
次に読んだのが、健康自主管理システムの5冊でした。
難しいことをわかりやすく、生命の原理を踏まえて書かれていて、これも夢中になって読んだ記憶があります。
当時の主な業務は新薬の治験者募集広告で、新聞や折込チラシを使って潜在患者の発掘をすることです。
多くの患者さんに効果を確認する最終段階なので、毒性とかの検査はもう終わっているわけですが、治験の結果、認可されないものも当然出てくる可能性はあります。
高血圧とか精神疾患系などをやりましたが、それがその後の新薬の疾患啓発運動に繋がりました。それがヘルスケア系の最初の仕事でした。

笹木  そのことから栄養に興味を持たれたんですね?

深澤  僕自身は仕事とは直接関係なくても、栄養のことはちゃんとやらなくてはいけないと思っていたんですよ。残念なのは先生がもう亡くなられていたので、講演は聞けませんでした。
半田先生の勉強会には3年くらい参加したときに、中田力先生の「脳の中の水分子」という本を紹介されたんです。
中田先生も今年亡くなられましたが、臨床医でファンクショナルMRIの原理を作った人で、日本人には稀なすごい人なんですよ。そして、複雑系科学の専門家です。
アメリカの救急医療やメディカルディレクターという、どういうカリキュラムを医師が勉強したらいいかを作っていた人で、帰国後、新潟大学で脳の研究所の所長でした。
半田先生からは複雑系という世の中を考えるうえでの最先端の科学の方法論も教わり、とても刺激的でした。
半田先生は、そういう最新の情報をウオッチングして講義するというのは、失礼ですけれど、あのお年ですごいですよ。誰もがあんな風に歳をとりたいと思っていたと思いますよ。

笹木  いくつになっても頭が冴えていることが理想ですよね。
当時、複雑系のことをずいぶんやりましたね。「脳の中の水分子」は難しくて最後まで読んでないです。

深澤  わかります!確かに難しいです。
中田先生が本の中で「偉大なる哲学者はすべて偉大なる物理学者であり、偉大なる物理学者はすべて偉大なる哲学者である。」と、彼のボス(イスラエル人)の言葉を書いているんですよ。
この言葉は、まるで三石先生のことを言っているみたいだと思って、是非紹介したかったんです。イスラエルは哲学とか物理学とかが秀でていますよ。

笹木  宿泊研修で父は最初に「私の哲学」という講義をしましたが、哲学的な考え方は祖父の影響だと思います。

深澤  今の教育やいろいろなことで欠けているのが、そこの部分だと思いますね。

笹木  今度の本の監修をしてくださった阿部先生もそう仰ってましたね。
新しく出た3冊は読んでいただけましたか?

深澤  もちろんですよ!
いつもはアマゾンですけど、本屋に並んでいるのが見たくてジュンク堂に行き3冊買いましたよ。
でも、次に行ったら一冊もなくてがっかりしました。売れたらすぐに補充するのかと思っていましたが、違うんですね。
この3冊「高タンパク健康法」「ビタミンE健康法」「ビタミンC健康法」は、30年前に書かれたとは思えないほど、面白い本でした。
先生の本はどれもロングセラーなのはすごいですよ!
一時的ではなくて長年評価が継続しているということですからね。

笹木  とても読みやすい本になったと思うので、広告をしてもらえたらもっと売れるのではと思うと、それが残念です。

深澤  メグビーを知ってもらうのはやっぱり本ですよ!そして新聞広告がいいいですね。

笹木  お陰さまで新聞広告が出た後は、新しいお客様からのお問い合わせが多いですし、今では毎日何人か新規のお客様からお電話があるようになりました。
製品の広告でないから、信用していただけるのかもしれませんね。
それに、父が亡くなって20年も経つのに絶版書籍を次々に再販していただけるのは、本当にありがたいです。
「医学常識はウソだらけ ―実践編―」というのがありますが、出版社としては「医学常識はウソだらけ」が売れているので、どうしても、「医学常識はウソだらけ ―〇〇編―」という題にしたいと言われて、私は題を変えて欲しいと言ったんですけれど、営業の意見では、その方が売れるからと押し切られました。(笑)
次回、出版するものも同じように〇〇編にするかもしれないと言われています。

深澤  かなりセンセーショナルなことを書いていますからね。相当刺激的ですよ!
今の医療や仕組みに対してエッ!っと、思っている人は興味を持つんです。
あの題は読む動機付けにはなっていますよ。
たくさんの本が並んでいるときに、どの本を手に取るかというとやっぱりタイトルですよ。
ものすごい数の本がありますからね。
5~6ページ読んで買うわけですから、タイトルは重要ですよ。
ロングセラーですよね。こんなことあり得ないと思いますよ。
阿部先生が3冊読まれて直すところはほとんどありません、と言われたのも凄いですよ!
100年経っても腐らない理論でなければならないと先生が言っていたことが、証明されましたね。
原理原則を踏まえていることが最大の強みですね。

笹木  新聞広告を見て本を読んで、飲んでみたいとご連絡をいただけるのは、本当にありがたいです。広告の力は大きいですね。

深澤  新聞広告は広告の原点です。新聞の下の方に本の広告がありますよね?
私が以前勤務していた会社は100年以上前に新聞の出版広告から始まった会社なので事務所は出版社の多い神田だったんです。

笹木  私は新聞を手にして最初に見ますが、今の若い人は新聞を取りませんからね。
メグビーの客層は新聞を読む年代の方ですが、10年先20年先は考えなければと思っています。
とにかく、活字離れをしていますから、メグビーのように本を読んで理解してくださって、お問い合わせがあるという形は、難しくなりますよね。

深澤  自分の健康は自分で守りたいというヘルスケアに対するニーズは、とてもあると思いますよ。
商品を選ぶ時にクオリティーで選ぶのか、価格で選ぶのかということが悩みになりますから、メグビークオリティーをはっきりさせることです。
高い理由が明確であれば、高いことは問題でなくなるわけです。海外のものは3分の1位なので、そこをきちんとアピールしないと流されてしまうんです。

笹木  一歩踏み出してもらえれば、わかってもらえると思うんです。理論は理解して安いものを飲んで、調子が良くないとか、医者に勧められて飲んでいて具合が悪くなったというお電話も結構あります。

深澤  メグビーはリピート率が高いでしょ?

笹木  そうですね。90%くらいはリピートのお客様です。
長い方は設立当初からですから、35年以上になりますね。

深澤  ユーザーの評価というのが一番大事ですよ。しかも継続率が90%なんて他では有り得ないです!クオリティーの高さが、これひとつとっても証明できますね。

笹木  相変わらずお元気ですけれど、どんなものを飲んでいらっしゃるんですか?

深澤  僕は先生の言われるように毎日摂っていれば、健康長寿でいられるということを実践しているわけです。15年欠かさず飲んでいますが、最初から何処かが悪かったわけではないんです。
プロテインは15g位で、ミックスもSも牛乳に入れて沈殿する前に飲んでしまいます。(笑)その他はA3粒、E2粒、Q2粒、ミネラル3粒を朝飲んで、朝食は普通に食べます。
プロスタグランディンの話を聞いてから、プロテインは牛乳で飲んでいます。
ちょっと量が多いかなと思うので糖質は、少し減らしていますが、糖質制限はしませんよ。(笑)エネルギー源ですからね。
運動は、毎朝テレビ体操を10分。隔日に3キロのダンベルで5分間の筋トレです。
2週間に1度はご近所の方を誘って山に登ります。一番高齢な方は78歳の女性なので、彼女が参加する時には低い山にしています。だいたい奥武蔵に行きます。
高尾山もいいんですけれど、混みすぎていてあまり行きません。
僕が計画して、一斉にメールを送るので都合の良い人が参加するというやり方です。
メグビーを飲み始めた頃から山も始めたし、色々なことをスタートしているんです。
スキーは60歳から再開しています。(笑)
毎年、練馬区でやっているスキー教室に参加しているんですよ。練馬区の施設に宿泊して年に3回滑っています。

笹木  健康的ですね。区報で募集しているスキーですか?

深澤  そうです。超健康的ですよ!スキーで体力測定をしています。(笑)
その他、暇な時間があれば美術館に行きますね。上野は美術館がたくさんありますから。
クラシックのコンサートも年に10回位は行きます。

笹木  運動もしていらっしゃるから、お元気なんですね!
仕事に、遊びに、お忙しいですね。(笑)

深澤  そうなんです(笑) “武蔵野の林と屋敷を守る会”というのにも入っていますよ。
大病もせず、70過ぎても仕事ができて、好きなことができるのはメグビーのお陰だと思いますよ。僕は医者任せではダメ、自分の健康は自分で守るという姿勢でなければいけないと思っているんです。
そして、高タンパク+メガビタミン+スカベンジャー、これこそが大切だと思いますよ。

笹木  若い方や仕事をやめた方が、長く続けるのは金銭的に大変だろうと思います。

深澤  そうですね。でも、健康でいられるために使うお金ですからね。
経済面を重視して考えてしまうという方は、ヒトフードだけ飲めばいいと思いますよ。そして体調が悪くなったら、その時には他のビタミン類やミネラルを飲んで、良くなったらまた、ヒトフードだけにするという飲み方でもいいと思いますよ。
継続することが大事ですから・・・・

笹木  メグビーは経済的なことも配慮して、製品をチョイスしてくれるのがいいと言っていただくことも嬉しいです。そうしなければ長続きしませんから・・・
どこか悪くて飲んでいた方が、良くなったらすっかり飲まなくなるという方が多いけれど、今まで不足していた栄養を摂ったから良くなった、というように考えていただきたいと思いますけれど、なかなか難しいです。

深澤  僕は先生の理論を知って、実行しようと思ったのが最初ですね。
過去の対談を見ても、メガビタミン主義を実践されている医師も出てきていますね。
イギリスでは足の速さが老化を測定する指標になっていますから、足が丈夫であることが大事ですね。それと短期記憶ですよ。昨日は何を食べたか忘れるようではダメです。(笑)
社会参加も大切ですよね。
一人になって会話がない、というのが問題なわけですよ。

笹木  それは大きいと思います。社会との繋がりがなくなるのはダメですね。

深澤  それと主観的健康感ですね。自分で健康と感じているかどうかなんですけれど、どう思うかということがかなり作用するんです。
高齢化社会になって行くので、日本の医療費は増大傾向で、このままでは保険制度は破綻をきたしますよ。
ですから健康自主管理の必要性はさらに高まるはずです。

笹木  今日はお疲れのところ、お時間をいただきありがとうございました。

深澤 克 様:1947年生まれ 70歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

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第43回中島由美子様 (66歳)

きちんと飲んでいると、寝覚めが全然違うんです

リンパドレナージュにいらした時に、創立当初のお客様のお嬢様だとお聞きしてから、機会があればお母様のことをお聞きしたいと思っていました。
「色々飲めばベストでしょうけれど、その時の悩みや経済状態がありますからご相談にのって頂くことで、無理なく続けることができるんです。」 と、うれしいお言葉を頂きました。

笹木  今日はお時間をいただき、ありがとうございます。
早速ですが、まずお母様の梅津さんのことをお聞きしてもいいですか?
数回しかお目にかかっていないのですが、とても印象に残っているんです。

中島  その頃、健康食品のようなものはまだあまり無くてプルーン位でした。母は被曝していたので、特に健康には関心がありましたし、”健康オタク”だったと思いますよ。(笑)
プルーンの他に、ビタミンEやビタミンCを扱っているサプリメントの会社と出会って、その会社の勉強会で、先生の「ビタミンE健康法」「ビタミンC健康法」を読んだみたいです。もともと読書家で、勉強熱心でした。
広島に住んでいましたが、著者に会って話を聞きたいと言って、私が練馬に住んでいたのですぐに上京して来たんです。1982年位だと思います。
洋裁の先生と一緒に、その製品を持って三石先生のお宅に伺いました。先生はフフフってお笑いになって「もっと良いものを僕は作っていますよ。」と仰ったそうです。(笑)
帰ってくるなり「良いものを紹介していただいたの。エレクトーンも聞かせていただいたのよ。」と、嬉しそうに話してくれました。(笑)
母の人柄というか、困った方がいると「こんな良いものがあるわよ。」と、ご紹介するので、お仲間が増えていったようです。

笹木  被爆したとお聞きしても、言われなければわかりませんでした。

中島  8月6日の朝、母は腕まくりをして室内で掃除をしていたそうですが、窓ガラスのそばにいたので、腕にケロイドが出来てしまったんです。でも顔は偶然影になっていて、大丈夫でした。その後、放射能を帯びた黒い雨が降ったのは西の方だったので、母の家からは、離れていたんです。

笹木  ケロイド以外、被曝のダメージは何もなかったんですか?

中島  放射能の害ですよね?何もなかったですね。
ただ、C型肝炎のキャリアでした。
祖父が医者だったので元気になるからと、たまたま手に入った血液製剤の注射をしたのが発端でした。
三石先生にそのことをお話ししたら、肝硬変にならないようにするには、プロテインをしっかり飲むことが大事だと仰ったそうです。
その頃、健康の本や食品が出始めた時期だったんですね。色々飲んでは自分の身体で実験していました。3ヶ月試しては血液検査をする、というようなことをしていたので、当時メグビーをどのくらい飲んでいたのかはわかりません。
広島から私のところに遊びに来るときには、ビタミンAとかEをフイルムケースに入れて持ってきたことを覚えています。

笹木  娘のところに来たので寄ってみたと、江古田の事務所に来てくださいましたが、中島さんの所だったんですね?

中島  そうです。
江古田の事務所には私も母と一緒に行きましたよ。線路脇の事務所も日大前の事務所も二人で行きました。でも、その頃私はまだ、メグビーは飲んでいませんでした。(笑)
祖父も母も背が高く体格が良かったですね。
毋は身体の大きな祖父にマッサージをしていましたから、上手だったみたいです。
それで、興味があったんだと思いますが、駒場エミナースでの*町田久先生主催のリンパマッサージの講習会にも参加していました。
何にでものめり込む人でしたね。 白内障になった時も、自分で調べて眼内レンズを入れたいからと、手術のできる病院を探してました。まだ一般的ではなかったので、相談に行った眼科の先生たちには反対されたそうです。でも、どうしてもやりたいと言って、PLの病院で手術をしました。
洋裁や本が好きでしたから目が見えることが重要だったと思います。

笹木  ご自分で納得するまで調べる方だったんですね。

中島  それも特化して健康のことだけでしたね。*光研灯も2台ありましたが、三石先生からご紹介いただいたと思います。きっと、眼内レンズについても先生のご意見を伺ったと思いますよ。

笹木  お客様からお問い合わせが何件かあるけど、どんなものかわからないのでやってみることにした、と父はそれほど悪くないのに眼内レンズを入れましたが、父より前になさっていたのかもしれませんね。
父は昭和大学病院でしたが、当時、東京ではそこしかできなかったようです。両目だったので10日くらい入院していたと思います。
術後、白がとても綺麗に見えると言っていましたが、視力は思うようには行きませんでした。結局、焦点距離の計算を間違ったと担当医から謝罪がありましたが、レンズを入れ直すことはできないと言われたそうです。
手術前よりも具合が悪く眼鏡で矯正することが難しくなりましたが、やらなければよかったというようなマイナスのことは一度も言いませんでした。
でも今は、一般的な手術になりましたね。

中島  母は数年後に、もう片方の目をやりましたが、技術が良くなったのか、前よりも具合が良いと言っていました。

笹木  どんどん進歩しているんでしょうね。
梅津さんは背がすらっとしていて、知的なとてもお綺麗な方で、忘れられないんです。

中島  品のあって本当によく勉強する人で、頭も良かったですね。
決局、C型肝炎から肝硬変になり、最後は肝臓ガンで亡くなりました。
メグビーは母が亡くなった後、父がしっかり飲むようになりました。
製品は毎月広島に送っていただいていましたが、時々ご相談を兼ねて持っていく製品を買いにきていたんです。ある日、栄養士さんが私の顔を見るなり「中島さんの身体の方が心配です。お父様よりあなたが飲むほうがいいですよ。」って言われたんです。
それがきっかけで私も毎日飲むようになったのが、2008年だったと思います。
検査を受けたら、もともとは低血圧だったのに、血圧がかなり高くなっていました。
自覚は何もなかったです。
あの時、その助言がなかったら広島に通えなくなっていたかもしれませんね。(笑)
自分では大丈夫なつもりでも、無理な生活だったと思います。
広島に5日間、東京に9日間という繰り返しの生活でしたがメグビーを飲むことで、10年間も広島との往復ができたと思っています。

笹木  良くなさいましたよね。毎月往復しているとお聞きして、親孝行も離れていると大変だなぁ、偉いなぁ、と思っていました。

中島  交通費は両親が出してくれたので続けられました。そうでなかったら通いきれなかったと思います。
弟がいるんですが、生きている間は私がみるから、亡くなった後のことは頼むわね。と、話しました。
決めなければならない事がたくさんあるので、相談ばかりしているよりその方がいいと思ったんです。
両親は二人ともガンだったんです。母も肝臓ガンから腹水が溜まって辛そうだったので、町田先生にご相談して、ゼラニウム入りのリキッドを購入し、父に毎日マッサージをしてくれる様に頼みました。
マッサージすることで触れ合うこと、コミュニケーションをとることができるので、私がいる間も父にやってもらいました。
毎日欠かさずマッサージするようにしてからは、腹水が溜まることは無かったですね。
母が亡くなったのが2007年なので、父はその後8年間一人暮らしでした。

笹木  中島さんとはリンパドレナージュに来られるようになって初めてお目にかかったと思っていました。

中島  そうです。そうです。母が亡くなってからですから、2009年くらいかしら。

笹木  中島さんは毎月リンパドレナージュを受けていらっしゃいますよね。

中島  母がマッサージをしていたこともあって、私も受けてみたいと思って、通うようになったんです。
こうやると、リンパの流れが良くなるとか説明しながらしてくださるので、納得しながらやっていただけるし、実感できるので、これは欠かせないと思って続けています。去年の秋に捻挫をして、右足の靭帯を損傷したんですね。動かないようにと言われても、骨折ではないし、動けるので製品を取りに来たんです。 ちょうど、鈴木先生がいらしていて、施術を教えたい人がいるので実験台になって欲しいということで、腫れて内出血している脚を診ていただいたんです。
この内出血はリンパに乗って上に上がっていかない限り、外に出ることはないということや、膝のリンパを流してから、足先をマッサージする。ということを教えていただきました。
整形外科では骨折だと皆さん動かないけれど、捻挫は歩いてしまうので、治すのが大変だと言われたので、病院はしばらくタクシーで行くようにして、朝晩リンパマッサージをしたらみるみる内出血が消えました。
やり方を知っているのと知らないのとでは全然違いますね。その時はリキッドを1本全部使い切りました。 もっといい事は、アトピーで冬は粉を吹いてしまうのに、朝晩リキッドを使うので、ピカピカで綺麗な肌になったんです。(笑)
当然のことですが、メグビーSはいつもよりたくさん飲みましたね。
私はその時の状態をお話しして予算もありますので、何をどのくらい飲んだら良いかをご相談してから買うようにいるんです。
これを減らして、これを増やしたらどうですか?と、言っていただけるのでありがたいです。どれも飲みなさいでは無くて、その時にあったものを教えていただけるのがメグビーのいいところですよね。
色々飲めばベストでしょうけれど、その時の悩みや経済状態がありますからご相談にのって頂くことで、無理なく続けることができるんです。

笹木  製品を売ることでは無くて、お客様のお悩みに寄り添っていくことが私たちの使命だと思っていますので、そう言っていただけると、嬉しいです。

中島  怪我をする1年前に、映画の学校に通い始めたんです。若者たちと一緒に勉強して私は映画作りはしませんでしたが、手伝いをしていると、食事時間は毎日バラバラで本当に大変な1年間だったんです。それをこなすにはメグビーS がなければどうにもなりませんでした。Sは本当にたくさん飲みましたねぇ。 人に迷惑をかけてはいけないと思って、その時から降圧剤を飲んでますが、いずれやめようと思っているんです。(笑)

笹木  やめられるといいですね。

中島  今はプロテイン、ミックス、S、E、A、ボーン、DECを朝飲んでいますが、今日は元気な声じゃないと嫌だなと思って、昨夜はSを3本飲みました。(笑)

笹木  自主管理をなさっているということですよね。

中島  きちんと飲んでいると、寝覚めが全然違うんです。
Sをたくさん飲むようになったのは笹木さんのお宅のバラの花を撮影に行った時に疲れているみたいだからと3本飲むようにとすすめられて飲んだのが最初です。こんなに飲んでいいのかな?と、思いましたが、その時に本当に違うと実感したんです。

笹木  リンパドレナージュの施術のDVD の製作の時ですよね?

中島  2011年です。
50歳の時、椿山荘で結婚式撮影のアシスタント募集があったので、応募したんです。そこで色々勉強しました。
編集が好きなので、娘のライブのビデオを撮って練習の場にしていました。 結婚前は中国放送(ラジオ)で、音の編集もしていたので、鈴木先生がDVDを作りたいと、話されたのでお手伝いしたんですよ。

笹木  ナレーターは中島さんのお嬢様ですものね。

中島  そういう仕事をして居るものですから。
その頃夫は年に1度九州の母のところに、お見舞いに行っていたのですが、男性は顔を見てあまり話もせずに帰って来てしまうようなので、ビデオを作ったことだし、これを見て脚だけでもマッサージしてあげたらって言ったんです。
行く時にビデオとリキッドを持って行ったので、やってあげたと思うんですよ。男の人でもそのくらいのことならできるんだなぁって思いました。

笹木  お父様もなさいましたものね。

中島  父は完璧な介護人で、父をお手本に介護ロボットを作って、困っている方に使って欲しいくらいでした。(笑)
男の方も毎日でなくても、そばにいる間だけでも、親御さんにマッサージしてあげて欲しいですね。お互いに嬉しい時間だと思いますよ。
夫はメグビーを飲んでいませんが、会社を辞める直前の脳ドックで脳動脈瘤が見つかって、経過観察だったんです。一昨年、精密検査をしたら手術をすすめられ、そのあとセカンドオピニオンを予約したんです。そして、術前の体調を整えるために何を飲んだら良いかをメグビーの栄養士さんにご相談したんです。
その時は自分の身体のことなので真面目に飲んでいましたが、最終的にセカンドオピニオンで経過観察で良いと言われた途端に、飲まなくなりました。(笑)

笹木  そういう方の方が多いです。(笑)

中島  長女は結婚して子供が欲しいからと飲みだして、出産後はSだけヨーグルトに入れて飲んでいます。次女は喉を使う仕事ですから、きちんと飲んでますが、時々他社のCやミネラルを買って来るんです。でも、内容を比べてメグビーの方がたくさん入ってると言って、またメグビーに戻りますね。(笑) 「やっぱりメグビーだよね。」って言ってます。(笑)

笹木  ありがとうございます。
例えばCが安いと思っても、同じ量を飲もうと思うとかえって高くなってしまうこともありますからね。
ご自分のライブだから、代わりがいないので体調管理はしっかりしなくてはダメですものね。

中島  メグビーSだけは欠かしませんね。
以前小竹向原(板橋区)の団地に住んでいました。メグビーの箱や空き瓶がよく捨ててあったんです。
世の中狭いなぁ、誰が飲んで居るのかなぁ?と、思っていたら清水さん(第11回 2014・8に対談掲載)という方でした。
団地の集会場で三石先生の講演があって聞きに行ったこともありますよ。

笹木  それは偶然ですね!あの団地にはYさんというお客様もいらして、その方はさっき話されていた町田先生のご紹介です。何棟もあるのに、すごい偶然ですよね。
メグビーのお客様が3人も同じ棟に住んでいらしたとは、本当に世の中狭いですね!

中島  お友達の息子さんが親指を大怪我して、もう爪が生えてこないかもしれないと心配されていたので、メグビーをご紹介したんです。
しっかり飲んで、ちゃんと生えてきましたよ。
それから忘れもしない震災の時です。私が働いているところは食品を扱っていて、朝から晩まで休む間もなかったです。特にチーフの女性は若かったけれど、可哀想なくらい忙しくて、みるにみかねてSを一箱プレゼントしました。
疲れが違うのがすぐにわかりますからね。
あの震災の日は広島から東京に帰る日で、静岡駅で停車した新幹線の中にいました。
6時間遅れで東京駅に着き、翌日からは大変な日々でした。

笹木  仕事をしながら、本当に長い間よく通われましたよね。

中島  母が長引いたら、父が先に亡くなっていたかもしれません。母が亡くなった後は心身共に棺桶に足を入れているという感じで、目が離せませんでしたね。

笹木  若い時に一人になるのも淋しいけれど、高齢になって先立たれたら立ち直るのがとても大変だと思います。

中島  私も今までは必要な時に飲んで、元気になると辞めていましたが、今はずっと続けています。次女は疲れると必ず飲んでいます。
父は前立腺ガンになって、最後は母が入っていたホスピスに入りましたが、メグビーを摂っていたので、「栄養状態はとてもいいから、ガンと共存できているんですね。」と言われました。 90歳になっていたので、手術はしませんでした。
母は肝臓ガンなので、腹水で肺が圧迫されて窒息死するか静脈が破れて失血死するかだと言われましたが、ガンが自爆して内出血してあっという間に亡くなりました。
父は血圧が下がってきて静かに亡くなりました。 二人ともいい死に方だったと思っています。

笹木  本当に良くお世話なさいましたよね。

中島  やれる事を無理しないでやったので、悔いは無いと思っていましたが、思ったより傷ついていたんだなぁと、亡くなってしばらくして自覚しました。

笹木  どんなにやっても、これで良かったという事はないと思いますよ。

中島  父は自分が身体を壊してまで看病したのに、後悔ばかりしていましたね。

笹木  いいご夫婦だったんですね。

中島  ステイタスのある人と結婚したわけではなかったけれど、母にとっては最終的には一番いい夫を選んだのかもしれませんね。

笹木  娘としてそう思えるって素敵ですね!今日は懐かしいお話が聞けて楽しかったです。
ありがとうございました。
*光研灯
「ガンは予防できる」などで、ご紹介している光線治療器。2本のカーボンを接触させて得られる光線を患部に照射する。
*町田久先生
メグビーリキッドを使ったリキッドマッサージを考案。

中島 由美子 様:1952年生まれ 66歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

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第42回日本ビタミン学会功労会員 日本過酸化脂質抗酸化物質学会幹事
ビタミンB研究委員会参与 阿部皓一先生 (70歳)

先生の理論は100年経っても腐らないです いいものは、流行らないけど長続きします

阿部先生はビタミンがご専門なので、絶版になっていた「タンパク質の分子栄養学」「ビタミンEのすべて」「ビタミンCのすべて」の編集をお願いいたしました。
この3冊は、父の健在の頃に絶版になりました。新しい情報を加えたいので、このままでは増刷はしたくない。書き直すと言いながら、そのままになっていました。
それから25年程経ちましたが、読みたいとのお声が一番多い本でした。
阿部先生が「僕の勉強になるから、やりましょう!」と、快く引き受けてくださり、この度、再版が実現いたしました。

笹木  この度は編集をしていただき、ありがとうございました。先生にお引き受けいただけなければ実現しなかったので、感謝しています。 お忙しいなか貴重なお時間を割いていただき、タイトなスケジュールでの編集、本当にありがとうございました。

阿部  僕は面白かったですよ。難しいことを優しくわかりやすく書くことはとても難しいのに、先生の文章は本当にわかりやすく書かれていますよね。
三石理論の何が面白いかというと“考えること”なんです。哲学が基本になっていて何が真実かを見極めるという先生の姿勢が僕は好きですね。
栄養素とは何かを考えながら、毎日摂ることが原点です。 “ We are what we eat”と、言われるように身体は食べたものでできているわけですから、ヒトフードは健康に生きていくための原点ですよ。
ビタミンEとCは抗酸化ネットワークの原点ですが、そういうことを哲学的に、科学的に説明していますね。
哲学は偉大ですよ。哲学者は最後には医学に行きつきます。だから僕は哲学が好きですね。

笹木  宿泊研修では必ず「私の哲学」という父の講義が最初にありました。 祖父は中野区にある哲学堂を建てた井上円了(東洋大学の創設者)先生に呼ばれて、哲学や漢文を教えていたそうですから、影響を受けていたと思います。
父親が哲学でなければ、哲学を専攻したかもしれないと言っていたことがあります。 父はメグビーができた頃は、ヒトフードとビタミンEとCが十分なら病気の80%は予防できると言っていました。

阿部  そうだったんですか。僕は先生の「勉強しなさい。」「考えなさい。」と書いてあるところが好きだなぁ。三石理論はむちゃくちゃ素晴らしいですよ!
先生は仮説を立てて立証することが大切であると書いていますが、今の栄養学は統計学です。色々なもののデータを合わせて統計的に有意差があるかどうかを議論するんです。
それは医薬品ではいいけれど、栄養学は若干違いますよ。栄養学は小さな体感の積み重ねですが、小さな体感や作用というのは有意差が出るかどうかは難しいですね。
疫学調査がサプリメントでは大切だと思うんです。
先生の場合はケースレポートで、こういう場合には何を飲んで元気になって、さらになぜかということを書いていますね。他の本ではそこまで書いてないです。
E社の関連会社の社長から、三石先生をお呼びしてビタミンCの話をしていただいたことを聞いています。

笹木  メグビーが始まる前の話ですね。大きな和食器をいただいて帰ってきました。

阿部  先生の著書に出てくる村田先生やE社の薬理研の所長の宮尾さんは、よく存じています。

笹木  玉ねぎの研究の宮尾先生ですよね?何度かメグビーにいらっしゃいました。
メグビーができる前に、ビタミンCがご専門の村田先生とビタミンCで褥瘡を改善した松家先生と父とで、Cについてパネルディスカッションをしたことがありました。

阿部  僕はビタミンC委員会に入っていたので村田先生とは接点がありましたけれど、三石先生とはダイレクトな接点はありませんでしたね。
お元気だったら、何故、DNAやプロリンは五員環であるかなどを議論してみたかったなぁ。
栄養は毎日とって、身体を作るわけで原点ですよね。
薬は具合の悪い時に飲んで、効いたらやめてさっさと身体から出すわけですよ。薬は排泄されなければならないものです。だから、薬と栄養には大きな違いがあると思うんです。
昔はビタミン欠乏症なんかがあったけど、今はそこまで重篤にはならないので、医薬品の必要は少ないと思いますよ。
先生は“ゆらぎ”について、書いてますよね。“ゆらぎ”は物理・哲学用語だけれど、音楽用語でもあるんですよ。
でも、医学や農学では“ゆらぎ”は出てこないです。
“ゆらぎ”は健康の元ですよ。栄養学をやる人は、哲学を勉強しないとダメですよ。
先生はカントですが、僕はデカルトなんです。
僕の好きなデカルトは「真と偽を見極めなさい」「物を全てパーツに分けなさい」「易しいところから説明しなさい」「検証しなさい」と言っていますが、先生の栄養学はまさにそれなんですよ!
三石先生の栄養学は哲学から来るから、僕はとても共感できるんです。
先生の本の好きなところは、教科書と違って、自分が考えていることを文章にしているんです。最後まで現役、ということも説得力がありますよね。
僕がメグビーに伺ったのは、事務所が江古田の時にトコフェロールの話をして欲しいと半田さんに言われたのが最初です。
あの頃メグビーでは、バランスボールの指導もしていましたよね?
栄養も大事だけれど、運動はとても大切ですよ。基本だと思いますよ。

笹木  当時は定期的にバランスボールの教室がありました。

阿部  僕は1972年から47年間、ビタミンEの研究・情報業務をしています。E社の二代目の社長に「儲けなくてもいい。理論武装だけやってほしい。」と言われたんですよ。これには感激しましたよ。
世界でも研究者は何人もいますが、ビタミンEに関して、多くは僕のところに情報が入ります。
今度ビタミンの話をさせてくださいよ。

笹木  本が出たら講演会をお願いしたいと思っていたんです。

阿部  講演会じゃなくて寺子屋的にやりたいから、ここ(メグビー本社)がいいですよ。
三石先生の考え方がいかに大切かを話してみたいんです。講演料なんかいらないから是非話させてくださいよ。

笹木  ぜひお願いします!

阿部  食べた物で身体は作られているわけですから、タンパク質は原点ですよ。三石理論は科学に則った栄養学ですから、説得力があります。
先生の本は一度じゃなくて2回3回と繰り返し読んで欲しい本ですね。
良質なタンパク質を摂らないと、身体はきちんと働いてくれませんからね。ヒトフードですよ。
僕がメグビーを飲んでみたいと思ったのは、僕と同じ年齢の社長の背が縮んでいないと聞いたからなんです。

笹木  確かに父もそう言っていましたね。背が高い方ではなかったのに、みんながだんだん小さくなって今では友人の中で一番大きいと言ってました。
先日お電話をいただいた方は、骨密度が年齢の割に少ないと言われていたのに、メグビーを飲むようになったら、先生に骨密度が上がったけれど、何かやったのかと聞かれたそうです。ヒトフードだけではなくて、メグビーのAもボーンもDECも飲んでいらっしゃいますけれど・・・・

阿部  きちんと栄養を摂っているかどうかで差が出ますね。骨もタンパク質だということに、僕は気づいてなかったんです。ヒトフードは飲みやすいですね。
中島先生(2016、3に対談)の「歯原病」の本を頂いて、講演の参考になりましたよ。

笹木  先生が歯周病の話をなさる時でしたね?
中島先生はインプラントの手術の時にメグビーを薦めてくださるんです。手術前に飲んでもらうと、結果が全然違うそうです。

阿部  インプラントを入れても歯石を取っても傷ができるので、タンパクやビタミン欠乏だと創傷治癒が早いか遅いかが違ってくるんです。そういうことを話したいですね。
中島先生に聞かれたら叱られちゃうかな(笑)
ヒトは歯から老いるんです。
高齢者の90%位が歯周病だと言われていますから、誰でもメグビーが必要なんですよ。
もちろんタンパク質が原点ですよ。身体は食べたもので作られていますからね。
ビタミンDが皮膚で活性化しているのではないかと言われているので、皮膚とビタミンの関係とか、面白い話をさせてください。(笑)

笹木  私は歯周病になりたくなくて、年に2度歯科検診に行きますが、この歳でも歯周病はないんです。(笑)
先生が「僕の父は玄界灘で歯科医をしているので、溺死体は歯で推定年齢を調べるんですけれど、変な話、笹木さんの歯だと実年齢はわかりませんよ。」と言われましたが、長年飲んでいるからだとその時に思いました。

阿部  歯周病にはビタミンは全部効くんです。A、βカロチン、C、E、B群、Dも必要ですね。
色々なものを摂らなくてはいけないと最近思っています。
歯周病の人は血中の抗酸化物質が下がっていて、過酸化脂質がぐんと上がっているんですよ。

笹木  さっき先生が、ビタミンEを塗るのも良いって仰ったけど、肌が綺麗なお客様何人かに聞いてみたらナイトクリームの代わりにメグビーリキッド(液状のビタミンE)を使ってくださっていました。

阿部  それはいいですね。シミが薄くなりますよ。ビタミンAもいいですよ。
皮膚はビタミン欠乏が一番現れるところです。
角質層は抗酸化物質の濃度がめちゃくちゃ高いんです。角質層は爪と同じ死んだ細胞ですよ。真皮から表皮に細胞が動いていくんです。
皮膚のターンオーバーは28日と言われていますけど、これは若い時の話で、我々の年になると100日ですよ。(笑)
つまり、皮膚には老化が出るということです。ビタミンを優先的に血中からトランスポートできるシステムになっているんです。
皮膚の研究は非常に遅れています。我々がダイレクトに外界と接するのは皮膚なんです。抗酸化物質も日光に当たるところに多くあるんです。
飲んだビタミンEは、3週間くらいで皮脂腺から出てきます。
ビタミンBは炭水化物とプロテインと脂質の代謝がエネルギーに変わるとき全部に関わっているんですよ。
それが効率よくいかない場合、最も現れるのが皮膚だろうと言われています。
創傷治癒というのは真皮と表皮がうねって山になっているコラーゲンなんかがダメになって、平らになって膜が剥がれやすくなるんです。だから傷がつきやすいんです。
そうそう、コラーゲンはアミノ酸からできているから、タンパク質が必要ということになるんです。角質層は死んだ細胞だから血が出ないんです。高齢になるとすぐに出血するのは、剥がれやすいからです。
ビタミンEを飲んでいる人の肌はつやつやしていますよ。塗ればもっといいですよ。シミが薄くなるというのは統計ではなくてケースレポートです。そこに今話した創傷治癒の概念を入れなければダメですよ。
傷がどう治るかということをきちんと研究している人はいないんです。肌のサプリメントはどこにもないですよ。
コラーゲン、ヒアルロン酸、エラスチンはもちろん大切ですよ。でも三石先生は、材料がなくては造れないと書いてますね。その物をとってもダメなんですよ。

笹木  そうですね。ヒトフードをしっかり摂ることですよね。

阿部  ビタミンEの研究は“しもやけ”からスタートして、製品化されたんです。“しもやけ”とビタミンEの研究は日本が最初です。
食物がどういう働きをしていて、身体に入った時にはどういうトランスポーターが働いているか、飲んだらなぜ良いのか、ということを僕たちは議論するんです。「飲んだら良いです。」ではダメですよ。
人は1/Fのゆらぎを聞くと、幸せになるんです。それが音楽ですよ。ゆらぎは生命にとって最も大切なものだと僕は思っています。
先生の哲学と物理学の基本はすごいですね。本を読んでいると、とても感じますね。
先生の本は語りかけるように、症例を出してわかりやすく書いています。
今度の3冊は全部そうです。
自分で勉強して考えて、読み手が解るように説明しているんです。これは、すごいですよ!
今は図がないとダメですね。図があるとないとでは理解度が10何倍って違うことが証明されています。
頭で考えて、この体の悩みにはどうやったら良いだろう、この場合栄養素はどうしたら良いだろうと考えていけば“売り”も来ると僕は考えているんですよ。
サプリみたいに最初からマーケットがあって、コマーシャルがあってそれに物を合わせるというやり方もあるけれど、それは少し違うと僕は思います。

笹木  メグビーは、本を読んで理論を理解してくださるような知的なお客様が多いです。理解してくださるから、長い間続けて飲んでくださると思っています。

阿部  心配なのは、若者が本離れしていて本屋が倒産の危機にあるんです。出版社も淘汰されてきています。
媒体は本でもテレビからでもなく、フェイスブックとかユーチューブなんかになってきていますよね。
これからどうしたら良いかが、会社の課題ですよ。

笹木  メグビーは60代70代の方が多いから、今はいいけれど、あと20年もしたらそういう時代になりますよね。

阿部  栄養っていうのは基本なんです。
食べたもので我々の身体はできていますから、その原点を忘れてはダメですよ。

笹木  土壌は汚染されているし、ハウス栽培だし、昔のように栄養は含まれていませんよね。
だから、こういう形で栄養補給をしなければ、本来の身体の機能がちゃんと働かないと思います。

阿部  大賛成です。超スピード化時代になってきて食べる時間は短いし、咀嚼もしないと言われていますね。
咀嚼と歩くことが大切ですよ。それが、老化防止なんです。
それと、日本はいたずらにダイエットをしますよね。だから完全にエネルギーが不足してきますよ。
アメリカは太らせてから、ダイエットをさせるんです。メタボの市場を作るんです。そこが大きな違いです。
平成生まれは100歳まで生きると言われていますよ。それには、医療の向上もあるし、食生活も良くなってきているし、マスコミは健康の情報を発信しているから、プラスにはなっていると思いますよ。

笹木  父は抗酸化物質やビタミンを毎日摂っていれば、解毒されるから何を食べてもいいと言って全く気にしませんでした。とにかく食べてはいけないものは、ショートニングとマーガリンだけだと言っていました。

阿部  野菜なんかの栄養素が、昔とはどのくらい減っている、ということを研究している先生が少ないんですよ。
例えばシソの葉は虫が食っていないでしょ?あんなのは食べてもだめですよ。

笹木  庭で育てると、ものすごく虫がつきますよ。

阿部  それですよ!それを食べるのがいいんです。防虫剤か何かが入っていると食育の先生は言うんですよ。
だんだん話はそれてしまって、まとめるのが大変ですよね?(笑)
結論として僕が言いたいのは、三石理論はめちゃくちゃ素晴らしいということなんです。
繰り返し言いますけれど、栄養というのは科学であり、科学は哲学だから、哲学と栄養学を結びつけなければならないんです。
それはどういうことかというと、考えることなんです。
先生は自分で考えたことを本に書いているということなんです。そこが、栄養のことを書いた他の本との大きな違いです。
お世辞抜きで、三石理論に則ってやれば健康を維持できると思いますよ。
先生の本を丁寧に読んで解説していく、という勉強会をやるのがいいですよ。先生の理論は奥が深いから、よほど勉強しないと付いて行かれないですよ。
そう言う勉強会が、必要ですよ。
“ゆらぎ”のように先生が考えている根底が理解できないと、難しいです。上っ面ではダメですよ。そして、自分が実践しないと話せないですよ。

笹木  どのように説明したら、解っていただけるのかがメグビーの課題ですね。
祥伝社が各地の新聞に広告を出していますが、それを見て、本を買って、直接ご相談に来られるという方が増えてきました。
電話だけではなくて、会って説明を聞きたい、体調によって飲み方を教えて欲しい、ということで、ご相談にみえる方が多くなってきていますね。

阿部  まさに、テーラーメイドですね。
本を読んで理解して、実践したいと思うくらい、惚れてくれるかどうかですよね。
理論に惚れたら実践しなければダメですよ。
血中濃度を測っても意味がないです。変動もあるし、どこで測るかによっても違いますからね。ビタミンの生体内プールに付いて議論するんですが、ビタミンで圧倒的に多いのがビタミンEで3g位、次に多いのがCです。
たくさん飲めば5g位は貯めておけるんです。プールしておくのはすごく大切なことで、無くなってから補給してもなかなか貯まらないんです。プールしているということは必要だからです。
ビタミンEが多いということは、特に必要だからなんです。Eは膜フィッテイング型(生体膜にフィッティングする)の抗酸化剤で、他にはあまりない形なんです。生体膜にピタッと入るんです。ビタミンCは水溶性だし、Q10は中の方にあるんですよ。
ビタミンB12を悪性貧血の人に入れても血中濃度は上がりません。
色々なところに入って、色々なところにプールされて初めて働くんです。だから特に最初は、たくさん必要なんです。
プールしてある以外に、身体で使う分がありますからね。溢れるぐらいじゃないとダメなんですよ。
ビタミンEは皮下脂肪にも溜まるんです。皮下脂肪は物言わない臓器ですから働かないので、不足しても皮下脂肪ではなくて肝臓から動員されるんです。たくさん貯まれば皮脂腺からジワジワと出てきますよ。
代謝の材料が必要ですから、やっぱりヒトフードです。

笹木  メガビタミンが肯定された、ということですね。
亡くなって20年も経っているのに再版されるのは、珍しいことですよね?

阿部  そうです!価値があるっていうことなんです。
価値のないものはだんだん無くなっていきます。先生の理論は100年経っても腐らないです。いいものは、流行らないけど長続きします。
いい本は何回読んでも為になるし、新しい発見があるんですよ。先生の本も3回は読んで欲しいですね。

笹木  本の宣伝もしていただいて、ありがとうございました。
この対談を読んだら、皆さん先生の講演を聴きたくなると思います。計画を立てますので、その時には、よろしくお願いいたします。

阿部 皓一 先生:1947年生まれ 70歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

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第41回大瀬速男様 (79歳)

体調を見ながら、増やしたり減らしたりしています

大瀬様は月に2回、池袋から飯田橋の本社まで、40分位の距離を自転車で製品を取りにきてくださいます。ご自身や奥様の体調の変化をお話くださり、製品を購入して帰られます。実年齢よりとても若々しく、いつもお元気で前向きなお話に、私たちも楽しくお話しさせていただいています。

笹木  今までは父と面識のある方々に思い出を話していただいていましたが、今回からは書籍を通してメグビーと出会い、健康の自主管理を実行してくださっているお客様との対談という、新しい企画の急なお願いでしたのに、快諾していただきありがとうございました。
お客様から、体験談を聞きたい、何か月ぐらい飲めば変化が出るのか聞きたいというようなお声が多く、体験談を載せたいと思っていますので、よろしくお願いします。
本を読まれてお問い合わせいただいたと聞いていましたが・・・

大瀬  5年前のGW少し前だったから、ちょうど今頃だと思います。
家内がアルツハイマー型認知症と診断されて、今まで料理をしたこともないのに、毎食作らなければならず、どうしようかとまず本屋に行って、偶然「医学常識はウソだらけ」を見つけたんです。
その中に書いてあった“ヒトフードってなんだろう?”と、すぐメグビーに電話で注文しました。
最初はメグビープロとミックスだけでした。
体重の1000分の1のタンパク質を摂りたくても、胃もたれして飲めないのでご相談したんです。
プロテインは1回に10gなら飲めても15gにすると、もたれて飲めなかったんですよ。
当時いた栄養士さんが、いつも話を聞いてくれましてね。
胃の粘膜が弱いならビタミンAを加えたらどうかと言われて、メグビーAを4粒飲んで、1ヶ月経っても変化がなかったんです。

笹木  メグビーAを加えても、10g以上は飲めなかったんですね?

大瀬  でも、三石先生の本に、「良い変化がなくてもやめるのではなくて、量を変えてみなさい。」と書いてあったので、試しに8粒飲んでみたんです。(笑)
3週間経って12g飲めたので、12gを1日3回飲むことにしました。
自分で作った食事から栄養を摂ろうとは思っていないので、プロテインは60gに近づけるようにしてはいますが、まだ、そこまで摂れていません。

笹木  経験がないのに毎日お食事の支度をするのは、大変ですものね。

大瀬  なんでも自分の身体で試してみようと思っていたので、Aを12粒に増やしてみたこともあります。(笑)
三石先生はご自分の身体でなんでも試していらしたので、私も体調をみながら増やしたり減らしたりしています。(笑)
しばらくしたら、メグビーAを8粒に減らしても、メグビープロは15g摂れるようになりました。今はもっと飲めますよ!
先生と同じで、同じ食事を何十年もしてきて、家内は白内障にならないのに僕は65歳で手術をしたんです。ビタミンCが足りない体質ですよね。
それで、たくさんビタミンCを摂るためにも、ヒトフードを1日3回摂ることにしたんです。

笹木  今はどのくらい飲んでいらっしゃるんですか?

大瀬  60gに近づくように努力はしているんです。
朝と夜は手作りの甘酒の中に、プロテイン18gにミックスとレシチンとSも入れています。
美味しいですよね!
朝はメグビーの他には湯のみ茶碗に1/4位のご飯に、納豆と味噌汁と手作りのヨーグルト位です。
お昼は6分目位のご飯とおかずは娘が作って届けてくれるので、プロは15gにして、同じようにレシチン、Sを入れて飲んでいます。
夜はヒトフードとバナナか焼き芋かアボカド位ですね。
焼き芋は年中作って100g位ずつ冷蔵庫に入れておくと、家内もお腹が空くと食べてくれます。
三石先生みたいにプロテインを作るときにバナナを入れるのではなくて、そのまま食べています。
その他は、朝と夜はDEC、A、ボーンを飲みます。
昼間は出ることが多いので、その時にはメグビープロをラップに包んで持って行きます。水さえあれば飲めるので楽ですね。外出した日のお昼は、ヒトフード以外は飲まないです。
長年の花粉症が2年目からは軽くなって、朝のくしゃみの回数も減ってきたんです。
それで試しに、小石川植物園に行ってみたら、ダメでしたね。(笑)
でも、次の年からはマスクなしでも、大丈夫になりましたよ。

笹木  自転車でメグビーまで来られる時もマスクなしでも大丈夫なんですか?
30分以上かかりますよね?

大瀬  涙が出る位なので、マスクはしません。(笑)
それで、今DECをやめて様子をみているんです。飲まなかったらどうなるかを観察しているところです。(笑)
三石先生の本に「自己責任でやりなさい。」「いろいろ工夫して飲みなさい。」と、書いてあったのでいろいろ試すのが楽しいです。(笑)
3回飲んでいると、お腹が空かなくなりますね。
まさにヒトフードですよね。ご飯を食べなくてもいいんですから・・・
1年に1度は健康診断に行きますが、どんどん数値が良くなってきて、今では、全部基準値に収まっています。
メグビーを飲む前には中性脂肪が221もあって、薬を飲んだら今度は64まで下がってしまったんです。
こんなに下がるのは嫌だから飲みたくないと先生に言って、自分でだんだんに減らして、今は飲まなくても基準値ですよ!メグビーを飲んで3年目で基準値になりました。
家内も内臓では、どこも悪いところはないと言われています。
今度は5月に検査をするので、結果を持ってきますね。
栄養士さんに「飲み始めて、何か変化がありましたか?」って、聞かれたんです。
4ヶ月か5ヶ月経った時、かかとのカサカサが無くなったと話したら、皆さんもそうみたいですね、と言ってましたよ。
同年代の友人達は眠れないと言いますけど、僕は睡眠の質が良くなってよく眠れるようになりましたね。仕事をしている時には、今日はだるくて嫌だなぁ、ということがありましたけど、今は、朝起きてだるいということは無いですね。そう感じたのは2年過ぎてからかなぁ。
その頃から毎晩必ず夢を見るようになりまして、不思議でしたが、三石先生の本の中に歳を取っても夢を見るようになると書いてあったことを思い出し、実感できたことで嬉しくなりました。
4年位で顔のシミが薄くなりましたよ。なぜか左側だけ薄くなったんです。右側は薄くなりませんが、左も同じくらいに濃かったんですよ。
体重は飲み始めて1年間で10kg痩せました。

笹木  プロテインが主ですから、体重は減りますよね。栄養不足にならない最高のダイエット方法ですから・・・(笑)

大瀬  72kgあったのに、今は59~61kgを維持しています。

大瀬  変化がなくても食事の代わりになるなら、1年間は続けてみようと思っていたんです。
6ヶ月くらい経った時に、どこがどうということではないけれど、これはいいから続けてみようと思ったんです。
自分で調整しながら飲むのも面白いですよ。

笹木  健康自主管理をきちんとしていらっしゃいますよね。

大瀬  自分でやるんだから誰にも迷惑かけないし、ダメならやめればいいだけですからね。それに、きちんと飲んでいれば、あとは何を食べてもいいと思うと、気が楽ですよ。(笑)
メグビーを飲んでいるという安心感が一番大きいですね!
自分ではとても良い変化があったので、友人にも三石先生の本をプレゼントしたり、製品の話もするんですが、僕の説明が下手なせいか飲まないですね。
それと、高いって言われるけど、僕はそうは思わないですよ。
その分、他の物を買わないもの。(笑)
お米は買うけど、おかずなんて買わないし、栄養の心配をしなくていいし、先生が書かれているように、あとは自分の好きなものを食べられますからね。
栄養を考えるって言っても、僕は栄養士ではないですからね。メグビーを飲んで大福が食べたければ食べるし、気が楽ですよ。
だから、僕はメグビーをやめる気は無いですね。(笑)

笹木  ありがとうございます。

大瀬  死ぬまでメグビーでやりますよ。(笑)
僕はご飯を炊いてお味噌汁を作る位しかしません。セブンイレブンの金の食パンは成分を見た限りでは、ショートニングやマーガリンが入ってなくて、意外と美味しいから買うんですよ。2枚切りっていうのがあるから便利ですよ。
手作りヨーグルトは朝と夜に食べてます。ヨーグルト約70gの中にオリゴ糖を入れてよくかき回したところに、手作りの甘酒を大さじ2杯、そこにリキッドを入れてよくかき回します。GEは家内が嫌がるので、トーストにイチゴジャムと一緒に塗ってみようかと、今話していて思ったんです。(笑)
水でプロテインを飲む時も、ミックスとレシチンとSも入れて、スプーンでかき回すんです。
栄養士さんにミックスは水溶性なので、水に溶いてそのまま置いて置くのは良く無いと言われているので、飲む寸前に入れてます。

笹木  Sは沈殿すると思うんですけれど・・・・

大瀬  ガァ~と混ぜて、沈殿する前に飲むんです。(笑)

笹木  大瀬さんはお友達に勧めても理解していただけないのが悩みだとよく話してくださいますが、私達もどうやって説明したら、解っていただけるかが一番難しいです。宣伝して売れるような製品ではないですから・・・

大瀬  何かの本に、宣伝費を掛けているような製品は信用するな、と書いてありましたよ。
莫大な宣伝費をかけて安く売っているというのは、その分原価を抑えているということですからね。
宣伝しないところが、メグビーの良いところじゃ無いですか?

笹木  ありがとうございます。
理論を理解していただかなくては長続きしない、というところが会社が大きくならない原因ですよね。(笑)

大瀬  それから病気を持っている人に話してもダメですね。糖尿病やリュウマチを持っている友達に話しましたがダメでした。
ガンの友人は、ヒトフードを買いましたが、いつ行ってもそのまま置いてあるんですよ。
聞いてみたら、もし飲んで調子が悪くなったら困るからと言っていました。(笑)
病気を持っていると、医者に頼っているのでなかなか理解してもらえないですね。

笹木  それで、父は*「どうぞ、お先に!」と、言っていましたが、私たちにはどうしようもないですから・・・・
メグビーは薬ではないので治すということではなく、ご自分の健康レベルが上がった結果で、「〇〇が治ったから(良くなったから)メグビーに相談してみたら。」と話してくださる、いわゆる口コミで今がある、という会社です。(笑)

大瀬  僕の姉はヒトフードだけですが、調子が良いと言ってずっと飲んでいます。
僕がメグビーを飲んで5年間病気もしないし、風邪も引かないから信用してくれたと思います。僕はインフルエンザの予防注射もしなくなりましたよ。
娘も夫婦で飲んでいますね。僕が話して続けて飲んでくれているのは、それだけです。
僕は尿の色を観察しながら、ミックスの量を加減しているんです。(笑)
疲れていると、早く薄くなりますよね。
とにかく、楽しみながら飲んでいますよ!
飲み方もそうですが、工夫することが面白いです。(笑)

笹木  ものすごく、ご自分の体調の変化を見ていらっしゃるんですね?
これだけ工夫して飲んでくださる方は、少ないと思いますよ。

大瀬  僕は三石先生の本がすごく気に入っているんです!先生が大好きなんです。
だから、先生が書かれているように、自己責任で試してみることが楽しいですよ。(笑)
実際にはやらないけど、プロテインをやめたらどうなるのかな?と、思うこともありますよ。(笑)

笹木  頭で理解してなければそこまで工夫しないで、まずいとか、飲みにくいとかでやめてしまうと思うんです。
いつも、いろいろ工夫して飲んでいると話してくださるので、最初に大瀬さんのお話を伺いたいと思ったんです。

大瀬  三石先生は物理でしょ?僕も技術屋ですから、物理が好きで1足す1が何故2になるんだろう?というようなことを考えるのが、好きなんです!(笑)
先生の本が本当に好きなんですけど、この頃長い時間読んでいると目がチカチカしてくるから昔みたいに読めなくなりましたね。ビタミンCがまだ足りないかな?と思って、今は8gにしています。
白内障の手術をする前から目の奥を糸で引っ張られるような痛みがいつもあって、術後も変わらなかったんです。眼科では原因がわからないと言われていたんですけれど、それもいつの間にか無くなりましたね。
やっぱりビタミンCをたくさん摂ったからだと思うんです。
とにかく僕は、ビタミンCがたくさん必要な身体なんだと思っています。先生と同じなんです。

笹木  そこまで自主管理をしていただいているなんて、父も喜んでいると思います。

大瀬  忘れていることもあるかもしれませんが、自分としてはとても変化がありましたね。
僕は栄養士じゃないから、何を食べたら良いかわからないですから、メグビーを摂るようになって一番言えることは健康に対する“安心感”ですね。

笹木  新しい「医学常識はウソだらけ 実践編」(旧:体内革命)も大瀬さんがとても再版を希望されていたと、お聞きしていました。

大瀬  そうなんです。
あの本は、とても解りやすくて良いですよね。

笹木  大瀬さんの“メグビー実践編”を、お聞きできてとても嬉しかったです。
どうもありがとうございました。
*「どうぞ、お先に!」は三石巌特有のブラック・ユーモアで、健康に対して無関心な人はどうぞお先に逝ってください。健康について、栄養について、一緒に学びましょう。」と呼びかけました。

大瀬 速男 様:1939年生まれ 79歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

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第40回薄井坦子先生 (85歳)

先生との出会いはとても衝撃的でした

御茶の水女子大で教育学。東大で看護学を学ばれ、東京女子医大、千葉大看護学部、宮崎県立看護大学で看護学教育に貢献されました。「薬ではなく食事が健康を守る」とのお考えを、熱心にお話ししてくださいました。

笹木  お久しぶりです。
お忙しいのに、今日はありがとうございました。
暖かい宮崎からだと、東京は寒くてびっくりなさったのではありませんか?

薄井  寒いと聞いていたので、暖かくして来ましたら暑いくらいです。(笑)

笹木  先生が父のことを知ったのは、千葉大の看護学部にいらした時ですよね?

薄井  そうですね。
たくさんお話しすることはないのですが、先生との出会いはとても衝撃的でした。
毎日新聞に先生の講演会の記事が載っていて、「癌は食事によって防げる」という演題だったんです。
93歳の物理学者が“食”の話をされるということに、とても興味をもちました。
看護という仕事もおおもとは、やっぱり“食”なんです。
細胞の作り替えの主役なので、“食”を通して生活調整をすることだと思っていましたから、聴きに行ったんです。
面白かったですね!
講演が終わって、「質問のある方は?」と言われて、真っ先に質問しました。
私が一番感動したのは、“個体差”という概念でした。
最後に、「タンパク質が必要なことはよくわかりましたが、粉を飲むってわびしいですね。」って、言ったんです。(笑)
「私は物理学者だから、そうは思いませんね。それをわびしくないようにするのが、あなたの役目ですよ。」と言われて、ギャフンとなりました。(笑)

笹木  父らしい突っ込みですね。(笑)

薄井  叱られたから、何くそと思って頑張って今まで続けてきて本当に良かったと、先生に感謝しているんです。
それに、私が一番熱心だと思っているくらいです。(笑)
“食”に興味を持ったきっかけは、香川綾先生なんです。
食事に気をつけたことで白髪が黒髪になったこと、メガネで調整できないほどの強度の近視でよく見えなかったのに、見えるようになったこと、4時間も論文を読んでも疲れなくなったということなどを、講演で話されたんです。
95歳の頃の話です。
「近眼が良くなることがあるんですか?」という質問に、黙って演壇を降りて一番前の学生のノートをスラスラ読まれたので、びっくりしました。
看護の学生たちもひどい食事をしていましたから、どうにかしたいと思っていた時だったので香川先生の“食”に、はまって行ったんです。

笹木  それが“食”の教育に関心を持った最初なんですね?

薄井  はい。三石先生の講演を聴いたのは、その後です。
当時は千葉大の基礎看護学で教えていましたから、学生がいつでも読めるように三石先生の本は講座の図書室に全て置くようにしました。
看護師の仕事は患者さんの持てる力を引き出すことだと思うんです。
ナイチンゲールの教えは「Art and Scienceをみんなで」、ということなんです。
Artは看護技術として大学で教わりましたが、三石先生にはScienceの根本をしっかり教えていただいたと思っています。
Scienceは意味を考える力がないとダメなんです。
「患者さんの状態について自分が考えたことの根拠を、どのように患者さんにわかりやすく伝えたらいいのか。」
「患者さんそれぞれにあった説明ができるか。」というようなコミュニケーション能力がないと、相手の持てる力を引き出すことはできないからです。
看護というのは患者の持てる力で回復してもらうように、ご自分の力で生きてもらうようにするのが仕事ですからね。
私は教育学部の学生の時に結核になって1年3か月入院を余儀無くされました。様々な患者さんとともに暮らした療養生活の中では、病むことも回復することも、日々の過ごし方が大きく影響することを痛感し、「人間はどのようにつくられているのだろう。解剖学から学びたい。」という思いが大きくなって、看護学と出会うことになったんです。
卒業後就職した日本医師会の武見会長から看護とは何かと問われ、私のレポートを見て「医師の仕事と同じだなぁ。看護師も専門職にしなければならないね。」と言われました。その後ある会合で「患者に直接関わる医師と看護師が専門職にならなければ、国民の健康は守れない。」という発言が出た時には、とても嬉しかったですね。
そして、実践を通してつかまなければと思い、東京女子医大の榊原院長から「手術に成功しても患者は死ぬ。看護のレベルを上げて欲しい。」との要請を受けた湯槙先生のお手伝いをすることになりました。

笹木  看護師の仕事は大変ですけれど、患者にとっては一番身近で、なんでも聞ける存在だと思うんです。

薄井  私は「知識と技術とやさしさとを、どんな時にも同時に注げばいい。」と思いながら「なぜ入院しているのか、どのような治療を受けているのか、患者が絶対にしてはならないこと、積極的にしなければならないことは何か、などをメモして持ち歩き、患者さんに接するようにしたんです。教える立場になって、ようやく健康でなければナースの資格はない。」と、思うようになりました。
それで、女子医大では、何回か食事コンテストをしたり、実験をさせたりして香川先生のお考えをベースにやっていました。千葉大に看護学部(1975年)ができて教鞭をとることになり、1年生の健康状態や食事記録をとらせました。
生理痛だけではなくて、すでにホルモン治療をしている学生もいましたが、食事に気をつけることで、秋には問題を抱えている学生がゼロになりました。
ちゃんとした食事をすれば治るんですよ!
これも三石先生との出会いのお陰で、発展して行きました。

笹木  父の話をお聴きになる前から、“食”に関心があったということですね。

薄井  先生とのお話の中で個体差ということに共鳴し、その後すぐにヒトフードを教材化したんです。
それからは、ずっとメグビーにお世話になっています。

笹木  千葉大の看護学科には、随分送らせていただきました。

薄井  学生にはいつでも研究として飲めるようにしたので、問題をもっていた学生達はヒトフードを食べるようになって、全員トラブルが無くなりましたね。
「食研究グループ」を作って研究をまとめて博士論文にした教員もいました。
もう一人、知人の女性から相談がありましてね。
赤ちゃんが欲しくて人工授精を2回したけれど着床しないというんです。
ものすごく痩せているので、まずは体力作りをするように話し、ヒトフードを勧めたというか、3ヶ月実行してから3回目を受けなさい、と強制したんですよ。(笑)
しばらくして、双子の女の子が生まれたと連絡があった時は嬉しかったですね。
ヒトフードは素晴らしいと、実感した瞬間でした。
親が健康でないのに、人工授精してもダメですよね。
とんでもないと思いましたよ。

薄井  宮崎に看護大学を創るので、開校記念講演は、三石先生にお願いしようということになりましてね。

笹木  父は張り切ってお受けしたのではないですか?(笑)

薄井  開校が1997年の4月で、7月に記念式典をやることになっていたんです。
ところが1月に三石先生が急死されて、残念ながら実現しませんでした。
翌年に恥ずかしながら私が「人間の健康はどう造られるのか」という話をしたんです。
その中で先生のことを話しています。
これは記録に残っているので、差し上げますね。
ヒトフードの良さを実感していたので、宮崎でも学生たちには飲みたい時には自由に飲んでもらえるようにしたんです。
貧血だの生理不順だのと、学生達はいろいろな問題を抱えていましたよ。
看護の仕事をする者が、自分の健康管理ができなくてどうするのかと、そこでも話しました。
宮崎県立看護大学での立場は学長でしたから、全教職員の健康診断の結果がわかりますが、何かしら問題を抱えている人が多いですね。それで、「実験してみませんか?」と声をかけたんです。
一人一人に話を聞いて被験者として、メグビーを飲んでもらいました。

笹木  ということは、先生のところにはデータがあるんですね?

薄井  そうですね。データはたくさんありますが、個人情報ですからまとめることはしませんでした。
歩くのが困難な方も頑張って、定年まで勤められたそうです。
飲めばいい結果が出るのに、どうしてみなさん真面目にヒトフードをやらないんだろうと思っています。(笑)

笹木  先程先生が仰ったように、理解するのが難しいということですよね。

薄井  ミックスは酸っぱくて飲めないと言っていた人が、風邪をひいて喉が痛いと言うので、「これを飲まないからよ。」って言ったんです。
3本飲んだら酷くならずに済んだと、喜ばれましたよ。(笑)
「高齢者が自分の健康管理ができなくて、今までの人生恥ずかしくないの?」って、聞いてしまいました。(笑)
メグビーSは飲みやすいけれど、メグビーEは少し粒が大きいので、歳をとると飲みにくくなるようですね。

笹木  メグビーのE、A、DECなどは大きいと言われることもありますが、小さくすれば飲む数が増えて大変だということになりますから・・・・
お湯で少し柔らかくすると、飲みやすくなりますよ。

薄井  飲みにくいと言っていた方も、慣れたら何でもないと言いますけれどね。(笑)
それから、先生の本にベルジュバンスのことが書いてありますでしょ?
乳ガンの患者さんにお話してとても喜ばれました。
福岡でカネミオイル事件が起きた時、その有害物質は皮膚からしか排泄できないと学者が言ったんですね。
それを聞いたベルジュバンスを開発した山崎伊久江美容師が仲間に指示し、無償で被害にあった方々に施術をされたんです。
皮膚にいろいろな症状が出ていた方達が施術を受けて、どんどん良くなったそうです。
私もそれを読んでからずっとベルジュバンスですよ。
記事を見てきてくださるなんて、と言ってご馳走までしていただきました。(笑)

笹木  そんなことがあったのですね。

薄井  私はメグビーに助けられていますが、初めて講演を聞いた時には驚きましたが、先生の話し方にはとても説得力がありますよね。
私はきちんと根拠のある話をする人が好きなんです。
先生は理論を終生追いかけられた、ということが素晴らしいと思います。

笹木  ありがとうございます。
これから、あちこちで勉強会をなさるんですね?
お忙しい中、本当にありがとうございました。
☆ベルジュバンス
三石巌の書籍にも出てきますが、山崎伊久江さんの考案された酸性パーマです。
父は山崎さんに頼まれて、ベルジュバンスをしている美容師達に講演もしています。
ベルジュバンス液は体内に侵入してペーハー値を下げる作用があるため、マッサージだけを受ける方もいます。
父は腫瘍がある場合はその細胞内のペーハー値を、リゾゾーム酵素にとって最適に近いところまで持ってゆくのではないかと考え、お薦めしていました。

薄井 坦子 先生:1932年生まれ 85歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

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第39回ふじかわ心療内科クリニック 院長 藤川徳美先生 (56歳)

もっと若い世代に伝えていきたいですよね

笹木  今日はお招き頂きどうもありがとうございました。
“対談”では父との思い出を聞かせて頂いていたので、藤川先生のようなケースは初めてなんです。
早速ですが、父を知ったのは本だと思うのですが、何の本でしょうか?

藤川  心療内科のクリニックを開業して9年目ですが、今までの医学の知識だけでは患者さんが良くならないケースが多く、いろいろな健康本を読んだんです。
最初は糖質制限の本、次にオーソモレキュラーに影響を受けて、その次に三石先生の「医学常識はウソだらけ」を読んだのが5年くらい前ですね。
次に「脳細胞は甦る」と「健康自主管理システム」ですよ。システムを読んでも最初は理解できなくて、4~5回読みました。(笑)
アマゾンで買えるものは全部注文しましたが、どうしても手に入らないのが「ビタミンCのすべて」でしたね。でも去年の秋に3万円で購入したんですよ。先生のサインがあって、先生が亡くなった時の新聞記事が貼ってありました。
これは何回も読んでフェイスブックの記事にしましたが、自分で文章を打つことで、勉強になるし、理解できることもあるんです。

笹木  お忙しいのに、フェイスブックに毎日あれだけの文を更新するのは大変ですよね。

藤川  週末はいつもやってます。(笑) 
三石先生の文章は凄いですよ。難しいことをわかり易く、かつ、正確に書くということは難しいです。
「ビタミンCのすべて」を記事にしてからもう一度全業績を読み直し、重要な所は全部記事にするんですが、これも5年前にはチンプンカンプンでしたよ。(笑)

笹木  お医者様は栄養学の勉強はしていないと聞いていますけれど・・・

藤川  ええ、やってないです。ゼロですね。栄養は満たされていることを前提にしていますから。でも、実際は皆さん栄養失調ですね。摂れていると思っているだけですよ。

笹木  栄養について懐疑的な先生もいらっしゃいますか?

藤川  僕もそうでしたが、栄養のことは知らないです。全く知識はありませんよ。つまり、必要か必要でないかもわかっていない。栄養に問題があるという教育は受けてないですから。まさか先進国で栄養が不足しているなんてあるわけがないという考え方ですね。
栄養に問題があるのかもしれない、ということに気が付く医者は1%もいないかもしれないです。医学教育自体が間違っていますからねぇ。
とにかく皆さん栄養失調ですよ。免疫疾患もタンパク不足でしょうね。
僕は心療内科ですが、特に女性のウツやパニックはほとんどが鉄タンパク不足です。貯蔵鉄がわかるので5年前から、女性は初診でフェリチン値を測っています。
海外の文献では標準値は100以上ですが、患者の15~50歳の女性の80%は30位、40%の人は10以下ですよ。それでも、貧血に気づいていない人がほとんどで、皆さん鉄不足を意識していないです。
つまり鉄タンパク不足ですよね。特に産後は、赤ちゃんに鉄分を取られるからとても低いです。産後ウツの原因はメンタル的なものではなくて、栄養的なものなんですよ。
第一子よりも第二子、第三子の方が酷いです。貯蔵されているものが減ってきますから。
鉄不足で産まれたお子さんはADHD(発達障害)になりやすいです。女の子よりも男の子の方が鉄不足に弱いので50以下ですとADHDになる可能性が高いですね。
薬は飲まなくてもプロテインを飲んでもらったら3か月位で治るんですよ。
三石先生の本を読むまでは、習ったことが間違っているなんて思ってもみませんでした。
医者は文献は読みますが、健康書はバカにしていますからね。
先生は時代の先を行き過ぎていたんですよ。35年以上も前ですからね。
それと、医学の勉強の仕方が根本的に変わりましたからね。今までは前の文献を引用して前例を踏まえて、学会で発表して論文を出すわけですから、パラダイムの違った論文はシステム上書けないですよ。だって引用するものがないですから。
何故こういう論文を書くのか引用しなくてはダメなので、パラダイムの違うことは論文にはならないんです。そういう論文を書いても審査で、はねられますからね。それが20世紀型です。
ですから、三石先生のような考え方は論文にはならないんです。
今の研究システムは論文ではなく、フェイスブックとかブログに書いて意見を聞くということですね。そこである程度まとまってきたら本にするという新しい流れです。
仮説を立てるということは許されませんでしたからね。でも、それで治療をしたら実際に良くなったということもあるわけです。本を出すのが最先端です。
治療が糖尿病の合併症を起こすということも論文ではなくて本になっています。
私のフェイスブックを読んでライターさんが取材に来られたから、もしかしたら本になりますよ。(笑)
先生はご自分で書かれたんですよね?あれはライターさんに書けるような文章じゃないですからね。

笹木  「健康常識100のウソ」は父の本数冊からライターさんが抜粋して出したので、父の文章を読んでいる方たちには不評でした。(笑)

藤川  先生がこの病気には何をどのくらい勧めていたか、知りたいですね。
皆さんがタンパク不足、脂肪酸不足、ビタミン不足、ミネラル不足、糖質過多ですよ。

笹木  子供さんが好きなジュースやコーラやお菓子には糖質は多いですからね。
メグビーの考え方は「健康の自主管理」ということですから、ご自分で体調に合わせて量を調節できるようになって欲しいということなんです。

藤川  代替医療の白川先生はガンの患者さんにメグビープロを勧めていますよ。でも、ガンの人もそうでない人もプロテインは必要ですよ。普段の食事からタンパク質を十分摂るということは不可能ですからね。
先生はプロテインを一日45g摂っていたと“にゅーす あらかると”に書いてありましたよね?

笹木  当初は体重の1000分の1をおすすめしていましたが、その後いろいろ調べた結果、体重の2000分の1をプロテインで補うようにと変わったんです。朝は必ずプロテインでしたが、毎食プロテインスコアを把握して、その日に不足があれば夜メグビープロを多めに飲んでいました。
お肉が好物で食べ盛りの息子達と同じ量を残さず食べましたから、かなりタンパク質は摂っていたと思います。野菜は嫌いで、その分はビタミンで摂っているから食べなくても良いと言って食べませんでした。(笑)
糖尿病でしたが糖分を控えることはしませんでしたね。おはぎはもち米をアンコで包むだけだからご飯にアンコをかけても同じだろ?と、言うくらい甘いもの好きでした(笑)
病院で食事指導をされた母は、甘いものや食べることが好きなのに、可哀そうだと嘆いていましたが、父は1か月位食事療法をしましたが、自分の考えでやることにした、と言ってやめてしまいました。
それで栄養学の勉強をして自分に必要なものを製品化したくて、メグビーを創ったんです。40年位前ですから2社くらいしか、こういうものを扱う会社はありませんし、ビタミンの話をできる人は他にいなかったので、よく講演を頼まれていました。
顧問になって頂けるなら先生のご希望の製品を作りますと言われても、結局、父の言うように大量に入れた製品を作ったら商売としては成り立たないので、どの会社でも父の思うような製品は作ってもらえず、行き詰まっていましたね。
誰もが健康でいるために、必要なビタミンやミネラルを十分に入れた製品が欲しいと、利益など眼中にない学者が創業しましたから、自転車操業というか苦労の連続でした。
しかも、お客さまが増えたら僕の飲む分が無くなるから、これでいいんだと言う始末ですから周りは苦労しました。(笑)
宣伝もしないのに、いわゆる口コミで広がって今日があるわけですから、お客様には感謝しかありません。父が亡くなって20年も経つのに、「メグビーが無くなったら困りますから、製品を作り続けてください。」と言って頂け、35周年を迎えることが出来て、本当にありがたいと思っています。

藤川  もっと若い世代に伝えていきたいですよね。
患者さんにはアメリカから安いものを取り寄せていますよ。
朝はメグビーミックスを飲んで、夜は輸入品のBを飲むんですが、含有量が多いのに尿はあまり黄色くならない気がしますね。何かが違うんですね。
メグビーEは吸収促進型ですよね?

笹木  一粒いくらという形で特許料を払っているので、どうしても高くなりますが、どこの製品よりも良いものだという自信があります。

藤川  メグビーEのことをフェイスブックに書いたら、開発したのは本山先生だと教えてくれた人がいますよ。

笹木  本山先生にはとても良くして頂きました。メグビーQも同じ加工です。
脂溶性のビタミンCもセレンも健食で扱ったのはメグビーが初めてだそうです。

藤川  メグビーの製品は先生が必要だと思って入れたものだから、他社とは違うということなんですね。早速メグビーEを注文しますよ。(笑)

笹木  今日はお時間を割いて頂いてどうもありがとうございました。父の記念の品が飾ってありますので機会がありましたら、ぜひメグビーのメモリアルルームにいらしてください。
今日はどうもありがとうございました。

藤川 徳美 先生:1960年生まれ 56歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

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第38回細野クリニック 院長 細野周作先生 (39歳)

僕はメグビーが理論に基づいている所が好きですね

三石理論、メグビー製品の良さをご理解下さっている若いお医者様がいてくださることはとても心強く思います。そして、当社のカタログにも推薦文を書いて下さっています。細野先生が医学生だった頃に半田所長を囲んで、ご一緒に勉強会をしたことを懐かしく思い出しました。

笹木  ご無沙汰しています。
早速ですが父の勉強会に出られたとお聞きしたのですが、いつ頃のことですか?

細野  そうですね。大学の2年か3年の時で、先生が亡くなられた前の年ですね。
メグビーとのかかわりは母が摂りはじめたのが最初です。
僕が小6の1月に父がアメリカ出張の日、成田空港で脳梗塞になったんです。ワレンベルグ症候群という特殊なタイプの脳梗塞でしたが、運よく飛行機に乗る前だったのでそのまま救急車で運ばれて入院でした。
父が健康で働いてくれないと4人の子供を育てられないと思った母のアンテナの中で探したのが三石先生だったんです。Aさんと言う方の紹介です。

笹木  Aさん?良く覚えています。
30年位前の“スカラー通信”(初期の情報誌)に体験談を3か月位書いて下さいました。

細野  母は食事に気を付けていたのに、父の健康管理が出来なかったことで、これから、どうしたらいいのか考えたんでしょうね。
病気になって医者にかかるのではなくて、病気になる前の健康管理が大切だということがベースにあったと思います。

笹木  お母さまの考え方が先生に受け継がれているんですね!

細野  そうですね。病気を予防するだけではなくて、生活のクオリティーを上げることを考えた時に、食事や運動や栄養に対する考え方にも繋がると思うんです。
“食”を、より科学的に、より合理的に、という三石先生の話を聞いて、これしかない!と、思ったようです。

笹木  講演会に来て下さったんですか?

細野  講演会に行って、90歳近い先生が1時間以上シャキッと立って話をしていることに感動したみたいです。勉強会にも行っていましたね。
母は流行ではなくて、何が本質かを見極めて夢中になるタイプなんです。
三石先生の元気な姿を見て、これはただ者ではないと思ったみたいです。(笑)

笹木  いつも健康や生き方についてアンテナを張っていらしたんですね?

細野  そうですね。アンテナを張らなければ情報は入ってきませんからね。
ご本人が実践しているなら、そこの製品は本物だということですからね。
僕が参加した先生のお宅の勉強会は「偶然と必然」でしたが、本が手に入らなくてコピーして聞きました。今でも持っていますよ。

笹木  私は難しくて、よく解りませんでした。(笑)

細野  僕も解りませんでしたよ。(笑)残念ながら学生の時でしたし不勉強で、理解できませんでした。
夏休みだったのでちょうど行かれたんです。木曜日の昼間なので、大学が始まってしまうと行かれなくて次の休みにと思っていたら、その冬に先生が亡くなられてしまったんです。ですから1度しか出席できませんでした。今は読書会ってあちこちでやっていますが、当時は珍しかったですよ。

笹木  父は読書会や勉強会でいろいろな本を読んだことで基礎が出来て、それをもっと詳しく勉強して今の分子栄養学(三石理論)が出来上がったと思うんです。

細野  先生は教えるとか、勉強しなさいということではなくて、「どう思いますか?」「どう考えますか?」「今日はどうでしたか?」って聞かれるんですよ。

笹木  父は一方的に教えるということをしない人でしたね。考えさせるというやりかたです。

細野  そうなんです。何か独特の勉強会でしたね。エレクトーンを弾かれたのを覚えています。

笹木  すぐに弾きたくなるんですよね。(笑)
ここにあるのがその時のエレクトーンです。父が使っていた机も時計も私が生まれる前から父の書斎にあったものですし、このティーカップは結婚祝いだったそうです。

細野  最近、1日1食や糖質制限、アンチエイジングの世界ではカロリー・リダクションが言われていますが、それで生産性のある活動ができるか、ということですよね。
三石先生の考え方は、無駄があるかもしれないけれど、必要な栄養素をたくさん摂って最高の健康レベルにまで持って行くということですからね。歳だからこの程度のレベルでいい、と考える人はそれでもいいのかもしれませんが、ガ~ッと活動的に動きたい人のエネルギーや代謝には栄養を充分に摂取することは大切なことですよ。
あれ摂らない、これ摂らないというような考え方が多いなかで、十分に摂って最大限に代謝を回して、健康レベルを高めることを科学的、合理的に考えることを教えて頂いたので、僕はそういう考え方の方が好きですね。
何も活動しない人は良いかもしれませんが、糖質制限などの食生活をしている人が70、80になった時にどうなるかですよね。
義兄は肥っているので糖質制限を始めて肉食メインの食事を始めたら、便が臭くてネバネバしてきたと相談してきたんですよ。医者ですけれど(笑)腸の遺伝子の状況に合っていないんだと思うし、ビタミンや繊維質も不足していると思いますよ。
とにかく朝はきちんと食べないといけませんよ、そうしないと身体のタンパク質を壊していくわけですからね。
今、花粉症が増えていますけれど、ビタミンD3が良く効きますよね。僕のところはビタミンD3とケルセチンを出しますが、両方の相乗効果なのか、効く人は飲むとすぐに鼻水が止まります。栄養療法の一環ですけれど、これは本質的なものではありませんから、半田先生はお嫌いでしょうね。(笑)
乳酸菌が良いと言われていますけれど、それだけで花粉症の症状がよくなった人はあまりいないですね。
D3は乳がんの予防にもなるとかいろいろ言われていますね。ケルセチンは玉ねぎの皮の濃い部分やリンゴの黄色い部分で、ルチンの仲間ですからビタミンCの効果を高める栄養素で、抗アレルギー作用があります。

笹木  アレルギーや免疫病やリュウマチの方がご相談では増えているような気がします。

細野  リュウマチの場合はメグビーSですか?

笹木  父はご相談の方に3本とか5本飲んでもらって30~40分経って痛みが無くなった本数が、あなたの今の状態に必要な量です、と言っていましたが、多い方は一日に10本、15本と飲んでいる方もいましたね。

細野  それで、あの痛みが無くなれば嬉しいですよね。ただ毎日それだけのものを飲むのは金額的に大変ですよね。

笹木  お友達にシェーグレン症候群の方が居て、私からは言えませんでしたが、主治医からビタミンを処方しましょうと言われたので、知人から買うと言って帰ってきたと、相談があったんです。今6種類くらい飲んでいると思いますが、口の渇きや痺れ、浮腫みもなくなって、今年は花粉症の症状も軽かったそうです。
飲んで3か月位ですけれど、一生抱えて行かなければならないと思っていたのに…と喜んでもらえました。栄養士を信じて言われた製品と量を飲んでみたいと、最初から大量に飲みましたね。飲み始めて1か月後に診察に行ったら、とても良くなったけれど何をしたのかと聞かれたのでメグビーの話をしたら、あなたには合っているようだから、しばらく続けてごらんなさいと先生に言われたそうです。

細野  どんなものを飲んでいるんですか?

笹木  プロ、ミックス、S、E、A、DEC、ミネラル、ボーンだったと思います。

細野  唾液などの体液を出す働きは副交感神経の働きなので、そういった方は分泌も弱いんです。ですから便秘や自律神経失調症にもなりますよ。

笹木  いろいろな症状が良くなってきたと聞くと、この仕事をしていて良かったと思います。

細野  薬だけでは症状をコントロールすることがメインになってしまいますからね。分子栄養学に基づいてしっかり栄養素を摂取していると、病気をニュートラルな所まで持って行くことができて、さらに健康のレベルを上げる所まで持っていけるのが三石理論なんですよ。薬はそこで終わりですからね。
そういうことを考えた時に糖質を制限するとか、1日1食にすることは、同じ栄養といっても概念が違うんです。しっかりタンパク質やビタミンを摂っていく、特に60歳からの健康を考えれば余計ですね。

笹木  自分のことを考えても、摂っていなかったら今よりも体力がなかったと思います。今は旅行にも必ず持って行くようにしています。

細野
生きるとことは食べるということですからね。マイナスのレベルで調和を取るのか、高いレベルで調和を取るのか、どちらかですよね。何かが突出するのはダメですね。
現代の食生活は突出した糖質に対する栄養素のバランスが悪いんです。燃焼させるビタミン、ミネラル、タンパク質が不足しているので問題になって、糖質制限が言われるようになったんです。
「人生に対してどういう生き方をしたいですか。」と言うことにつながると思うんです。
終末は元気にアクティブに過ごし、活動レベルを上げて太く長く生きて行くことなら十分な栄養を摂ることです。誰にでも体質的な弱点はあるのでそれをカバーする為には、1日1食で制限するよりは、三石先生の仰る良質なタンパク質の摂取とメガビタミンの方がカバー出来る可能性が高いわけですよ。
中途半端にやるのでは片手落ちになるので、徹底的にやる方が僕は好きです。(笑)
生きて行くということは活性酸素の闘いですし、食生活からくる糖化と酸化の問題がありますから、いかに毎日の生活習慣の中で必要なものを摂取していくかですね。
僕はバイタミックス(ミキサー)に野菜も果物も入れて、メグビープロ、ミックス、少しツブツブは残りますけれど、Sも入れてしまいます。(笑)バナナとオリゴ糖を入れて毎日おいしく飲んでいます。
カテキンとか抹茶も入れたりしますよ。バナナを入れるとおいしいです。

笹木  父もミキサーで作っていたので、バナナは1回分づつに切って冷凍していました。冷凍バナナを入れると、冷たくておいしいと言っていましたね。

細野  本当は2回飲みたいところですが、今のところ1回しか飲んでいません。
先生のあの徹底ぶりは凄いですよね。一日3回飲んでいたんですからね。

笹木  ですから、入院して意識が朦朧としている時に「このままプロテインを飲まないと、死んじゃうんだけど・・・」と言ったのが、ちゃんと話が出来た最後の言葉でしたね。
でも、誤嚥するといけないので、飲ませないようにと言われました。
担当の先生が「僕も先生のつくられたメグビーを飲んでますよ。」と、話しかけて下さったら、頷いていました。嬉しかったと思います。
前田病院では売店に置いて下さっているものですから・・・・
体調が悪くなって入院する数日前には、飲みたくないと言うのでバニラアイスに入れたり、ヨーグルトに入れたら食べてくれました。

細野  最後のスキーは95歳ですからね。数え年なら96歳ですから、すごい事ですよ。あまり風邪を引いたりはしませんでしたか?

笹木  引きませんでしたね。寝込むとか咳をすることもなかったですね。頭が痛かったり風邪気味でも言わなかったのかもしれませんが、体調が悪いからご飯は要らないと言われたことは一度もなかったです。
怪我をして足から血が出ていても言わないような人ですから。(笑)
向かい側で食べていた次男が、何か足元がヌルヌルすると思ってテーブルの下をのぞいたら父の向う脛から血が流れてたんです。(笑)食事に来る時に階段で凄い音がしたので、「どうしたの?大丈夫?」と、聞いたんですけれど、「なんでもないよ」と。(笑)
そういう父なんです。幼友達が外科医だったので救急箱を持って大慌てで、来てくれましたけれど・・・
ホームと電車の間に挟まって向う脛を切った時にも、私が気が付くまで何も言いませんでした。(笑)

細野  面白いですね(笑)明治の方なんですね。
お食事はどんなでしたか?

笹木  お肉が好きでしたね。食べ盛りの息子達と同じ量を食べてました。煮物は嫌いでしたね。野菜なんか食べなくてもビタミンを摂っているから良いと言って、本当に食べませんでした。(笑)

細野  先生は60歳頃からビタミンを摂りはじめたと書いてありましたけれど、それまでは摂っていなかったんですか?

笹木  そういう知識はなかったというか、そんな時代ではなかったと思いますよ。アスコルビン酸も大きな缶入を買ってきたのが最初だったと思います。

細野  注射をしたと書いてありましたが、当時は買えたんですか?

笹木  どこから手に入れていたかは聞いたことはありませんが、ビタミンBはアンプルを買ってきて、注射筒はガラスですからスキーに行ってもだるまストーブにお鍋で煮沸してました。メグビーが出来てからは注射はやめましたが、父の書斎はビタミン臭かったです。(笑)
そこに飾ってあるカメラにも(ビタミン)Bの匂いが付いてましたね。(笑)

細野  筋肉痛になってもメグビーで対応したんですか?

笹木  インシュリン以外の注射はしなくなりましたね。
注射もそうだし、メグビーの製品の中身にこだわったのもすべて自分の身体で確かめたわけですから凄いと思います。
亡くなった後、前田先生(対談は“にゅーすあらかると”No324)に何処にもガンはないし、糖尿病以外どこも悪いところはないので、先生はご自分の身体でメグビーの良さを証明しましたね。と言って頂きました。

細野  先生のようにシャキッとした元気度、歳相応以上に元気で生きるには、やっぱり(メグビーを)飲まなければダメですよね。
年齢を重ねていくと代謝の効率は悪くなるわけですから、その分きちんと飲まないとダメだと思いますね。僕くらいの年の医者はビタミンに抵抗はないから普通に処方しますけれど、プロテインを日常の生活で摂ることは筋肉トレーニングをしている人以外は考えていないですね。
最近は、糖尿病の先生は糖質過多が血糖値を上げるからといって、肉やステーキを食べるように言いますが、これはタンパク質の摂取ですよね。でも、なぜか魚とは言わないです(笑)

笹木  先生はインフルエンザの予防接種はなさいますか?

細野  職場がオフィス街にあって予防接種をしないでインフルエンザにかかってしまうと非国民扱いされてしまうので、近隣企業の社員向けに集団予防接種はしています。
しかし、注射をしてもかからないわけではありませんからね。それよりビタミンCとかD3を摂る方が良いと思いますよ。

笹木  先生のアトピーを骨格治療で治療すると言うのは、どういう理論なんですか?

細野  かゆくて悩み始めた初期症状なら栄養でよくなるんですが、生まれてからずっと症状があったり、薬を塗っても症状が治まらない時は、骨格構造に問題があることが解ってきたんです。
特にアトピーの問題は強いかゆみですが、薬や栄養だけではかゆみはとれず、骨格構造を治さないと良くならないです。抽象的になりますが、建物の柱が地震なにかで傾いて壁にヒビが入ったとしたら上から塗装しなおしても、建物が傾いたままだったら、またヒビ割れてしまいますよね?
症状が出て皮膚科で薬をもらって一旦症状が治まってもまた症状が出てくるのと同じだと思うんです。
皮膚科で受診される方を診察すると、姿勢は悪く肩や頸回りの緊張は強いですし、骨格アライメントドックという専門的な検査をすると皆さん骨格構造に問題を持っていますね、歪んでも必ず皮膚に症状が出るわけではありませんが、体質や生活習慣などが発症に影響するのだと思います。
健康管理で大事なことは、姿勢と栄養とメンタルだと思いますよ。あとは呼吸です。深呼吸をすると身体の緊張がとれますから。
中高年になるとだいたい姿勢が悪くなりますが、姿勢を支える体幹の筋肉が低下していくことが影響しています。体幹を支えるトレーニングが大切ですよね。
三石先生の姿勢がよかったのは、良質なタンパク質とビタミンを充分に摂取していたうえに、トレーニングをしてましたからね。
僕はダイエットをしたわけではありませんが、腰を立てるように気を付けて身体をしめるように習慣づけたら3キロほど体重が落ちて、ウエストが5センチ位細くなりましたよ。さらに肩甲骨を動かして胸が開くようにしていたら、さらに体重が落ちて学生の頃に体型に戻りました。
食生活は変えず、朝5分か10分、運動するようにしているだけですが・・・・
トレーニングをしていない方は、閉経後は急に姿勢が悪くなりますね。
とにかく、骨盤を立てることなんです。骨盤を立てた状態を維持する筋肉が落ちて行くので、良質なタンパク質とビタミンを摂り、体幹を支える筋肉を減らさないようにすることなんです。
つま先立ちをするだけでも違いますよ。
足を組んだり、椅子に寄りかかって座るのもよくないですね。

笹木  私は背中や腰が疲れたと感じたら、テニスボールでマッサージするんです。

細野  テニスボールは、ほぐれますよね。
巷にはたくさんの健康食品があふれていて何が良いか一般の方は解らず、通販サイトで上位に売れているものを飲んだり、お友達から紹介されたものを飲んだりしています。
通販サイトはマーケティングが上手な会社が上位に来るようになっているので、専門家の立場で見てみると品質とは全く関係ありません。
メグビーは科学的な理論に基づいていて、他とはクオリティーが違うということをもっと強調した方が良いですよ!
しかも毎日の食事から摂取する栄養ということを医学的な学問のレベルまで高めただけでなく、どのようにして行ったらよいかの実践方法まであります。

「何故タンパク質が必要だと思いますか?」
「タンパク質が働くにはビタミンとミネラルが必要ですよね?」
「個体差があることを知っていますか?」
「同じ食事を摂っていても体調のいい人と悪い人がいると思いませんか?」
ということを、しっかり伝えることですね。

笹木  最後に“ヒトフード”の宣伝をしていただいて、ありがとうございました。(笑)

細野  僕はメグビーが理論に基づいている所が好きですね。
生活習慣病とか予防医学的には栄養が大事なことはわかっていますが、その身近な栄養を、分子栄養学という科学的なアプローチに基づき日々の生活の中で実践できるというのは、すばらしいですよ。

笹木  今日はいろいろと教えて頂きありがとうございました。これからもアドバイスお願いします!

細野 周作 先生:1977年生まれ 39歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

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第37回真鍋和子様 (69歳)

私が初めて出会って影響を受けた科学者でした

真鍋さんは大学1年の同級生です。2年で転科したことも児童文学の道に進んだのも、父の影響だったことを初めて知り驚きました。何気ない会話の中で、いつの間にか真鍋さんを作家の世界に誘い込んだようです。ちゅら海水族館の人工尾びれのイルカの話は読みましたが、子供向けの物は真鍋さんが書かれたそうなので、機会があったら読んでみようと思っています。

笹木  お久しぶりですね。先月(2月)がメグビーの35周年だったけれど、私たちも今年で70歳。“光陰矢のごとし”というけれど本当にあっという間でしたね。
私は人生のちょうど半分をメグビーと共に歩んできたと言うことになるのよね。(笑)

真鍋  本当にねぇ。私が先生に初めてお目にかかったのは清泉に入って「生活科学序説」の講義を受講した時ですね。多恵子さんも取ったでしょ?

笹木  母が父親はどんな講義をするか聞いた方が良いというので、取りました。(笑)
自分も父親の授業を受けたけれど、家庭での父親と女学校での父親の違った面を見られて良かったからと言うんですもの。

真鍋  三石先生は一度も休講なしでしたね。
1時間目で遅れないようにあの急な坂を登って、しかも4階で大変だった。(笑)
各学部の1年生のほとんどと、シスターも受講していたから300人位いたかしらね。
科学的な根拠を持って体調などを判断することもお話しなさったわね。

笹木  あなたは2年生で国文に転部したでしょ?

真鍋  三石先生の影響かな?
1年の時のサークルはESSで、ランチタイムに英語で話す位なんだけれど、英語漬けで喜んでいた時期だったので、三石先生と個人的にお話することもなかったわね。

笹木  では、“めるひぇん”のサークルに入ったのは、かなり後なのね?

真鍋  そうなの。英語と言っても稚拙なことしか言えないわよね。それで物足りなくなって熱が冷めてきた時に、先生が講義の後で“めるひぇんの会”という児童文学の同人誌のサークルのことを話されたの。
「書くということは素晴らしいことで、女性の生きがいになりますよ。」と。生きがいがあるって素晴らしいって、心を動かされました。
それで、私も参加したんです。そこでは、私たちが書いたものを読んで、それを聞いて先生が批評して下さるわけなの。

笹木  皆さん卒業してからも続けていて、ずっと父と関わっていたでしょ?

真鍋  三石先生はいくつも勉強会や読書会を持っていらっしゃり、そのお仲間や津田の卒業生たちとのスキーに誘われて、菅平に何度もご一緒した時でした。
いつも岡谷駅で10分位停車すると、ホームから土蔵がずっと続いているのが見えるの。
実家はお寺だから土蔵なんて珍しくもないのに妙に気になって、先生にあれはなんですか?ってお聞きしたら、今は味噌蔵だけれど、昔は繭の製糸工場だったと教えて下さったのが、処女作「千本のえんとつ」との出会いなんです。
先生には「原稿を書きなさい。」と言われていたけれど、ここからが先生の策略よね。(笑)私がとても興味深く見ていたからでしょうけれど・・・
でも私は先生の策略にのせられたことが幸せだったし、感謝してるのよ。(笑)
岡谷には製糸工場があって10歳にも満たない少女達が周りの村から連れて来られて、今でいう児童労働ですよね。そういうことを先生が話して下さったのね。そんな歴史があったということに凄い衝撃を受けたんです。
学校にも行けず、働かされた少女達がいたということがすごくショックで、私でも調べたら少女たちのことがもっと分かるかもしれないと思ったの。

笹木  何か書いてみようと思ったから調べたわけよね?

真鍋  最初は調べないで想像だけで書いた、稚拙な作品を先生にお見せしたんです。触発されたのは当時ベストセラーになっていた山本茂美の「ああ野麦峠」なの。
ここからが三石教育なんですけれど「製糸工場で働いた人たちがたくさんいるはずだから、取材をして書けばいいんですよ。」って、アドバイスを頂いたわけです。
自分が物を書けるなんて思ってもいなかったけれど、書くことは憧れでしたね。
本が好きだから教師になるとか、図書館の司書になるとか、そんな生き方が出来ればいいと思っていたのね。
先生のお宅が近いこともあって、伺うようになったの。
先生の魅力は、昔からの因習に囚われないで、ひとつひとつ科学的にきちんと物事を確かめて明らかにして、そこで得た知識で判断すること。誰が何を言ったとか、世間ではこう言っているとか、ということには囚われないのよね。
まさに、私が初めて出会って影響を受けた科学者でした。
“科学は人間の内面を自由にする”と言う言葉が心に残っているし、受け売りをせず自分の言葉で語ること、書くこと、想像することは素晴らしいことだと話してくださいました。
先生のお話を聞いていたら目の前が明るくなって、自分で調べて得た知識で判断をして、自分の責任で書いても良いのではないかと思うようになったわけですね。
少し話がそれるかもしれないけれど、1960年代の末から70年代は大学紛争、安田講堂事件などがあったけれど、そういう情況がメグビー誕生の時代背景としてあると思うの。
当時、自由な研究会がものすごく盛んだったのよね。先生だけではなくて、色々な所でやっていたことが背景にあると思っているのよ。

笹木  そんな時に父は学生を集めてはいろいろやっていたので、大学としては脅威だったと思うのよ。何度か学長に呼ばれて父が何か企んでいないかと聞かれたもの。

真鍋  そんなことちっとも知らなかったわ。じゃあ、あまり居心地が良くなかったのかしらね。
私が作家として、生きて行こうと決意した背景にもなるけれど、日本の社会全体、文化も演劇も絵画も音楽も学問の世界ももちろんそうだし、科学で証明できないことでも恩師の言う事には従わなければならないという風潮がまだ残っていたと思うのよ。
でも、間違いは、間違っていると言える時代になってきて、それは、先生が若い時から求めていたことだと思うし、干からびた権威を否定していらしたと思うんです。
アメリカから文献を取り寄せたり、論文を読むという勉強の仕方でしたよね。
先生は、恩師がこう言っていたからその中で生きて行くとか、研究者として出世をするということではなくて、学者として歩まれたと思うんです。
そして、その時代の学生たちにエールを送っていて、いつも私たちの見方でしたね。
学生は学生なりに、社会人は社会に対しての疑問をいつも受け止めてくださいました。
勉強しようとする人に対して先生は本当に応援してくださいましたね。

笹木  お寺さんに生まれて、なぜカトリックの大学に入ったの?

真鍋  私の実家は、四国八十八か所の札所で真言密教の寺ですが、お遍路さんの心の拠り所として日々明け暮れていてね。弱者救済の思想というか、そういう行いを実践することが、とても大事だと父からよく聞かされていたの。それって仏教でもキリスト教でも共通する宗教の普遍的価値観ですよね。だから違和感はなかったわ。
父も娘たちをキリスト教の学校に入れたかったのよ。清泉をとても気に入って、ここでなければ学資は出さないって言われちゃったわ。(笑)

笹木  私たちの入学は1966年でしたね。

真鍋  そう、早稲田大学の学資値上げ反対闘争から始まった大学民主化の闘いが全国に吹き荒れた時期だったけれど、清泉学内は静かでしたね。
でも兄弟が東大とかの学生だったりした人も少なくなかったから、学外の動きを気にしていましたよ。
私も卒業したら就職するんだから、社会の動きには関心があったわ。学生たちが「もっといろんなことを知りたい」と三石先生に打ち明けると、御宅で「岩波新書を読む会」という読書会を立ち上げて下さったのよ。
『明治維新と現代』(遠山茂樹著)や『ヒロシマ・ノート』(大江健三郎著)とか、なつかしいわ。
結構難しい内容で、私は一行一行きちんと読み取っていく本の読み方の基本をここで学びました。
レポーターになったらもう大変。他の資料も読まなければとね。
三石先生は、学生たちにこういう形で勉強の機会を与えてくださったのね。
先生は、物事を知らない者に対して、実に丁寧に接してくださいました。

笹木  児童文学創作の会「めるひぇん」で作品を書いていたでしょ?

真鍋  短編中心でしたが、同人誌に掲載した作品がポプラ社の編集者の目にとまって、長編に書き直してみないかと言われたの。
お宅には、先生への原稿依頼で、講談社やポプラ社などの編集者が多数出入りしていましたね。奥様はお茶を出すので忙しくしていらした。
当時『ビーグル号航海記』を翻訳出版されて、名訳だと評判が高かったんですよ。
ちょうど多恵子さんがお里帰りをしていた時でね。パイプオルガンの横にベビーベッドが置かれていて、玉のような赤ちゃんを抱っこさせてもらったのよ。

笹木  『千本のえんとつ』の取材で、岡谷に泊まって当時の話を聞いたんでしょ?

真鍋  先生のご親戚のお宅にスキーの帰りに連れて行っていただいたの。
ご主人は内科医だから生糸女工さんたちの健康診断や病気の時には薬を出していたので、工場や女工さんの様子を詳しく話してくださったの。
近所には、70代のおばあさんたちが手繰りで糸をとる工場がまだ残っていたし、博物館や機械でやっている工場にも連れて行ってくださったのよ。
奥さまにもとても良くしていただいたわ。

笹木  おとなしくて優しいおばあちゃんだったでしょ。

真鍋  翌日には工場で知り合ったおばあさんの自宅に伺って、若い頃の女工時代の話を聞かせてもらいました。
本当に純粋で少女たちの立場でご自身が見てきたこと、感じたことを話してくださいましたね。

笹木  貴重な体験でしたね。

真鍋  このときの取材で得たことをどう作品化していくか、悩みながら、夢中で文章化していったの。
作品が出来上がると、出版社に渡す前に、先生にみていただきました。
先生の指導法は、とてもシンプル。
原稿を音読しなさいっていうだけなのよ。すると、書いている時は気が付かないけれど、声を出して読んでみて突っかかるところ、うまく繋がらないところがすぐに解るのね。
「ああ、ここおかしいですね。」って言うと「そうですね。」と頷かれるのよ。そういう時の先生の表情、いまでも目に浮かびます。(笑)
この繰り返しで出来上がったのが、『千本のえんとつ』なの。
ノンフィクションの文学を子供に読ませようと、児童文学の業界が活気付いてきたし、大人の物もノンフィクションのジャンルが関心を集めてきた時代でしたね。
児童文芸新人賞を受賞したとき、先生も来てくださいました。その後、大学図書館の司書、中学や高校の国語教師をしながら、ずっと書き続けています。書くことが、私の生きがいになったのよ。

笹木  父とのやり取りが土台になっているんですね。

真鍋  日大芸術学部で講師をしていたとき、ゼミでの作品指導は、もっぱら三石方式でいきましたよ。体験的にこれ以上良い指導法はないと確信していますから。
「受け売りをせずに自分自身の言葉で書きなさい」って言われたことも忘れられないわ。
先生は人間の創造する力を最も高く評価されていて、それを自らも実践していらしたのよ。
健康問題や科学の研究会を持っていらして、多数の論文を取り寄せて理論的な構築や検証を積み重ねていって、それをご自身の言葉で語るという作業を繰り返しなさっていましたね。それが後々三石理論を誕生させ、「メグビー」へと繋がっていったのではないかと思っているのよ。
「ビタミンE健康法」「ビタミンC健康法」は、私も若いときから影響を受けたわ。
そして忘れられないのは、私たちにいつも自信を持たせてくれたことが、どんな時でも前向きに生きていける力に繋がっているのだと思います。
私にとって、三石先生は真の恩師ですね。

笹木  今日はどうもありがとう。これからも子共たちが興味深く読めるような本をたくさん書いてくださいね。

真鍋 和子 様:1947年生まれ 69歳(インタビュー時)

※個人の感想であり、製品の効能を確約するものではありません

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